探偵は教会に棲む Returns 

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Return37:智也の夜


 アイツも今頃は凹んでるかもなぁ……。
 グラスを傾けつつ、そんなことを思う。せっかくの美味い酒だと評判のヴィンテージが、ひどくまずい。
「……困った時には素直に頼ればいいってのによ」
 そんなところだけは昔から変わってない。十年前から。
 変なことに拘って、妙なところで張りあってくる、それが俺の知る宮下茜という年下の元同僚。同じ、職業探偵。
 小娘の頃からよく知っている、気心の知れた仲。
 それでも俺に対してはいつも突っ張ってばかりで、女にモテモテの俺の自信を密かに傷つけてきた。……別にあんな小娘なんぞ、こっちから願い下げなわけだが。
 和也からは最初こそ結婚生活についての報告が淡々と届いたものだが、最近はなしのつぶて。
 明はよく会うが、あっちは女の方がなぜかあれだけ冴えない明に惚れてるから、娘が生まれた今でもたまに見ているこっちが恥ずかしくなるほどにラブラブ。
「俺もそろそろ結婚でもするか」
 なんて、まったく思ってもいないことを口に出してみる。うむ、まったくもって俺らしくもない。
 だいたい俺は明のように冴えないわけでも、和也のようにデブな大ぐらいなわけでもない。むしろ今も昔もモテモテのイケメンだ。
 さくらだって未だにアタックしてくるのがうっとおしいくらいで――
「って、なんで俺、言い訳してんだ?」
 とにかく俺は結婚しようと思えばいくらでも相手はいるし、金だってある。地位だってそれほど低くないし、第一にイケメンだ。モテない要素なんてない。
 ただ、結婚する気がないだけであって。
 こんな探偵なんて稼業をやってる男なんかと一緒にいて、惚れた女を不幸にしたくないだけであって。
 結婚なんかしたら一生その女に縛られる羽目になるだけだ。そんなのは俺は御免だ。
 いい女がいれば食いつかずにはいられないのは男の性というものであって、俺はそれに正直なだけ。男なら大なり小なりある話じゃないか。困ってる女がいれば助けてやるのも男の義務だし、女相手に本気にならないのは男の礼儀だ。
 そんな俺だから、女が途切れたことがない。
 ただし一部は振り向かないけどな。美千代さんとか。
 今夜だけでなく、最近はやけに人恋しく感じられるのは、秋だからだ。秋は人を詩人にするかもしれないが、寂しがりの甘ったれにもする。
「秋って、ヤなもんだ」
 再びグラスを傾けるものの、中身の酒は美味いと評判なのにやけにまずい。なんなんだ、今夜は?
「……そういえば、そろそろ小娘の誕生日だったな」
 女の誕生日を忘れたことはない。ただプレゼントを買うかどうかは別問題だが。
 一応小娘には付き合いというものもあるし、それに十年前のあの事件。
 俺だってショックじゃなかったわけじゃない。小娘が実父のあの爆弾魔と戦うと決めていた以上は、いつかはあんな日が来るかもしれないという可能性は十分に考えられたはずだ。大体、あの穏やかな神父だって腹に幾つか抱えている事実があるだろうと思ったこともあるに決まってる。神父の妻子を殺したのは大西隆という名のあの小娘の実父なんだから。小娘に対して無償の愛情とやらを無条件で与えるようなお人好しとは、俺には信じられなかった。
 十年前にあの小娘が失踪した時に、さくらもあの場にいた。俺が小娘のことを憎くはないかと神父に訊いた時だ。
『子供に罪はない』
 たしかに立派だ、ご立派だ。
 しかしあんたは、本気でそう思っているのか?
 本気で愛した女と自分の娘を奪った男の娘を愛しているのか?
 見返りを一切求めずに、百パーセント、どんな時でも味方をしてやるのか?
 ひねくれているかもしれないが、俺はそう考えずにはいられない性格だ。探偵ならばこんな考え方をするのは当然だ。あの小娘だって、神父の愛情を疑わなかったわけじゃないだろう。そこまで甘ったれたたまでもないだろ?
「……十月十六日」
 それが小娘の誕生日であり、小娘にとって大事な存在の命日だ。
 あの同性愛者かと思うくらいの男嫌いの小娘に婚約者がいたということだって、俺だって知らなかった。でも、昔なじみならば考えられる話だ。
 もしかしたら、あの小娘かて十年前に結婚していたかもしれないのだ。
「あーあ、やだね」
 俺はすっかり辛気臭くなった自分の頭を休ませるために、強い酒を一気に煽った。

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2017年 10月11日 莊野りず


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