探偵は教会に棲む Returns 

BACK NEXT TOP


Return34:少女の思惑


 共同墓地というものは、なぜこんなにも『死』の空気が充満しているのだろうか。
 少女はぼんやりとそんなことを思った。
 十月のやや冷たい風が、彼女の上着を揺らす。今日はいつもの強制された服装ではない。ちゃんと自分の意志で選んだものだ。
「…………」
 『彼女』の育ての親、恩人。そう彼女本人は言っていた。
 この下に眠る男性は彼女にとっては永遠に特別の人なのだろう。それが、ほんの少しだけ妬ける。
 死人に口なし。
 あの男は信用できない。だから別の男を頼りたかった。すべてを許してくれる存在である神父ならば、あるいは。そう思ったのだが、あまりにも情報が混乱していて無理な相談だった。
 最近は季節の変わり目のためか、やけに安定しない。
 いつもならばただ微笑むだけなど容易いことなのに、そんな単純なことが出来ない。それで、『保護者』に叱られる。怒られる。叱ると怒るの違いは愛情が歩かないかだということは彼女に教わった。
 日本人が、それもあの年齢での留学というのは珍しい話だった。
 外国人の留学そのものは珍しい話ではない、今時は。
 しかしそれが二十代ともなると珍しいと思う。
 されに言えば、彼女はそれまでまともに世間とは馴れ合ってはいなかった。あくまで社会人としてとしか関わり合いがなかったそうだ。
 個性的な経歴だと、周囲の者は言っていたし、実際に自分もそう思った。
 それで、親しくなりたいと思ったのだ。
 異国の、少女とは言い難い年齢の、年上の同級生。
 探偵という職業柄なのか、初対面の相手でも躊躇はなく、普通に接してくれた。その扱いが嬉しかった。
 いつもは望みもしない無駄な特別扱いに辟易していたから、彼女と接する時間は貴重で、彼女のする話そのものも魅力的で、更には伸ばしかけのこげ茶の髪がどこか懐かしかった。優しい色の髪。伸ばしかけの肩より少しだけ下にあるその髪の長さに見惚れたことも多い。自分の髪は彼女のものとは似ても似つかないくらい嫌いだった。
「…………」
 共同墓地の個別スペースは小さい、狭い。
 こんなちっぽけな場所に人間の魂というものが収まり切るのだろうか。無事に悔いなく死後の世界に旅立てるのだろうか。
『貴方、悔いはないの?』
 想いだけで問うてみる。
 霊能力というものはないが、特殊な力はある。
 周囲からそう認められ、少女は幼いながらも肩書だけは立派だ。……肩書だけは立派な、お飾りとして。
 その自覚は十二分にある。
 本来ならば、自分があの女に変わって指示を出すところだが、今は忍耐の時なのだ。
 神が与えたたもうた試練の時。
 『教団』の教義では、試練は厳しくつらいものほどありがたいものだという。
 ふざけるな、と言いたい。
 そもそも自分は好きで『教団』にいるわけではない。他に居場所が、いるべき場所も、帰るべき場所も、逃げ出せる場所も、助けてくれる人も――どこにもないし、いないのだ。
「……アカネ」 
 彼女の父親、の代わり。
 彼が死んだのは、ちょうど今から十年前。
 日本のメジャーな宗教では、そろそろ墓参りというものをするのだろう。
 きっと、大事にされてきた彼女ならば命日にはここにくるはずだ。
 鉢合わせするわけにはいかない。少なくとも現時点では。
 知っている情報を流したいとは思うが、それが出来ないからこそ、今の状態にあるのだ。

 『裏切り』の名門。
 その系譜を探しに来ている、というのが表向きの大人の理由、都合だ。
 しかし、それはこの少女にとっては格好の隠れ蓑となる事情。一件無害にだという自負のある少女の、執念も籠った『目的』を果たすために都合がいい。
 今のところは気づかれてはいないだろう。なにせ、この外見なのだから。
 可能性があるとしたら、あの男だけだ。
 大西隆。
 彼の目的はいつも安定しない。まるで彼が好む炎そのもののように形がなく、つかみどころがまるでない。
 裏社会で名の知れた悪だが、彼には利用価値がある。
 ただし、使い方を間違えたら大やけどを負う、諸刃の剣。
「……どこまでヤレル?」
 少女は片言の日本語を一言だけ呟いた。

______________________
2017年 10月1日 莊野りず


BACK NEXT TOP


Copyright(c) 2023 rizu_souya all rights reserved.

-Powered by 小説HTMLの小人さん-