探偵は教会に棲む Returns 

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Return29:一方のコンビ


「じゃあ、僕らは出掛けますから。後は自分たちでどうにかしてくださいね? 若葉さん、火傷には気を付けて……」
「わたくしに指図なんて百年早いですわ。どうぞご勝手に、里帰りだろうが、黄泉がえりだろうが、お好きになさって」
 若葉にしっしっと手を振られ、明は若干落ち込む。自分の下僕体質もここまで来たか。思えば、幼い頃に智也と出会ったのが運の尽きだったのかもしれない。
「おう、おまえがいなくとも、こんな美人の手料理が食えるんだ。しかも掃除までしてくれる。こんないいサービスは滅多にないぞ! 若葉、おまえも若いうちに起業したらどうだ? 『美女による生活一色サービス』って感じで。『一色』だけに、『一色』ってな」
 智也は若葉の手料理により、すっかり舌が肥えたらしい。さすが天才と呼ばれるだけに、若葉は料理も完璧といってよかった。一度味見をしたことがあるが、秋奈の合成調味料がたっぷり入った『家庭の味』よりもよほど身体に良さそうな味付けだった。そんなことは、秋奈の前では口が裂けても言えないが。
「言っておきますがね、わたくしの手料理はそれだけで至宝ですのよ? 一食五万円ですわ」
「それで美味いもんが食えるんなら文句はねえよ。プラスいくらで酌がつく?」
 智也は金持ちなぶん、若葉が出会ったことのない人種らしく、そこまで上乗せしてサービスをせびる。まさかそう返されるとは、若葉も思っていなかったらしく、「馬鹿じゃないかしら?」と明に同意を求める始末だ。
「……それが、馬鹿じゃないから始末に負えないんです」
「…………」
 なぜか年下相手でも敬語になるのが明だ。それでますます相手が調子に乗るという悪循環。なんという地獄の無限ループだろうか。本人がそれに気づかないのも悪循環の原因である。
「で、そっちは何か解ったか? 小娘は何かつかんだ様子か?」
「いや、それは――」
「貴方は所詮それしか取り柄はないでしょう? さっさと宮下茜の掴んだ情報について教えなさい」
「でも、僕は茜さんの部下ですし。給料だって茜さんにいただいてますから」
 するとふたりはそろってぶすくれた。
「使えないのは何年たっても同じかよ」
「役立たず。なんのために巻き込んだと思っていますの?」
 なぜそこまで罵倒されなければならないのか。
「……ごめんなさい」
 それでも謝ってしまうのが明であり、相手を増長させる原因でもある。くどいようだが、本人にその自覚はない。
「解りましたわ。とりあえず、ママが宮下茜の母親について何か知っているようですし、きっと関係があるのでしょう」
「おまえの母親って、そこまで大西と親しかったのか?」
 ここで若葉がむっとした。
「もちろんですわ。わたくしはパパの愛娘でしたもの。ママにだって、それなりの情報を与えていますわよ。きっと」
 最後の一言はいらなかったと若葉は後悔するも、智也は考え込む。
「俺も、小娘の情報はそこまで知らねえんだよな。ただ、母親の死因が自殺だということしか知らねえな」
「……自殺?」
 智也は自分の首筋を指差した。
「手術中だったか? そん時に医者の眼の前で頸動脈を切って死んだそうだ」
「それは詳細さえ調べれば、十分な向こうの『弱み』ですわね。貴方も案外使えるわね」
「いやいや、おまえもな。悪い顔しやがって」
 そんなことを言いつつも、智也はとても楽しそうだ。
 明は思う。
 ――智也って昔から悪だくみする時の顔つきは変わってないんだよね……。
 しかしここで余計なことを言うと飛び火して、この夏の帰郷も帳消しになるので黙る。何事も平和が一番。智也の悪だくみには関わらないのが一番。
「じゃ、僕らは帰省しますから。……若葉さん、智也の見張り、よろしくお願いしますね」
 逃げるが勝ち。
 この言葉がこれほど似合う相手も、そうはいないに違いない。
 今頃、茜は久しぶりに入った大口の依頼に大忙しだろう。商売繁盛で何よりだ。
 おかげであとくされなく帰郷できる。
 家族三人で、妹の墓参りに行こう。明の予定は既に決まっている。

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2017年 月日 莊野りず


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