探偵は教会に棲む Returns

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Return13:若葉と小夜子


「あ、若葉、お帰り。こちら、今回の依頼人の――」
「なぜですの!?」
 若葉が激昂したが、茜にはその理由は解らない。第一、久しぶりに会った異母姉に対してそれはないのではないだろうか。元から仲のいい姉妹だとは言えないが、今はそれなりに上手くやっているのだし。そう茜は思っているのだが、若葉は小夜子の方を見るなり言い放った。
「こんな所に何の用ですの? まさかわたくしに用、とか?」
「さすがね。その通りよ。それにね、若葉に会いたかったっていうのも本当の話よ」
「……わたくしを殺そうとしたくせに?」
 若葉の言葉で一同が静まった。誰もがざわつく中、固まってなにも言えずにいる明とシェーンを代表して茜が尋ねた。
「え? ……若葉を殺そうとしたって、冗談ですよね?」
 いくら美人や美少女に甘い茜でも、犯罪行為は許せない。本当に大西の娘かと疑われるほど、茜は彼とこの点においては似ていなかった。そして、その答えを返してきたのは義妹だった。
「本当よ。わたくしは小夜子に殺されかけたの」
「そうね、懐かしいわ」
 当事者たちがまるで昨日のことのように話し出す感覚が、茜には理解不能だった。特に小夜子の心理が全く解らなかった。殺したいっと思う以上、何かその人物に対して想いがあるはずなのだ。それなのに、今の小夜子には何の殺意も敵意も感じられなかった。ただ、あるのは久しぶりに会う友人に親し気に話しかけるという、普通の感覚のみ。
「それで? わたくしに何の用ですの? くだらないことならすぐにドイツに戻りますわよ?」
「くだらなくなんかないわ。彼のことは覚えているでしょう? 貴女のおとうさまのことよ?」
「!?」
 若葉の父親と言えば、茜の父親でもある大西隆だ。この一件無害そうな女性が、まさか大西に関わっているとは誰も思うまい。こういったことを考え出すのが大西は昔から上手かった。その天才性、カリスマ性は、茜ではなく若葉へと受け継がれたわけだが。一之瀬小夜子は薄く笑う。まるでこうなることを知っていたかのような、予定調和の笑み。
「大西隆はもうすぐそこまで来ているわ。こんな小さな教会などすぐに壊される。宮下探偵のことは大西隆は何とも思っていない。蚊帳の外。……でも。貴女は違うわ」
 一之瀬小夜子は熱っぽく若葉を見つめながら言った。そこにあるのは、純粋な狂気。
「こんな出来損ないの義姉など放っておきましょうよ。その方が貴女のためよ? 貴女はもっと裏の舞台で光を浴びるべき者よ! おとうさまは、大西は怒ってはいない。今戻るのならば許すと言っているわ。今だけなの、今しか貴女がおとうさまに許されるチャンスはないのよ。聡明な貴女なら……どうするべきか解るでしょう?」
「…………」
「こんな平凡な人生なんて、貴女には全然似合わないわ! 貴女はあの大西隆の実の娘! 彼の優秀な遺伝子を継ぐ者よ。こんな場所にいちゃいけないわ。ねぇ、私たち、親友でしょ? ねぇ、若葉?」
 若葉は小夜子の話を黙って聞いていた。その後、意味深に笑う。それはかつての、犯罪者の片棒を担いでいた頃の無邪気な犯罪者の笑みだった。その面影は今も残っている。茜にもそんな覚えがあった。初恋の相手が、昔と変わらない面影を宿していた。それと同じことなのだ。
「……たしかにわたくしならば、小夜子と共に行く道を選んだでしょうね」
「若葉!」
「ワカバ!」
 茜とシェーンが声を上げた。このままでは若葉はかつての犯罪者として、狂った道を選んでしまう。そんなことは義姉として、親友として、止めなければならない。それが二人の存在意義のように当人たちには思えた。しかし、当の若葉は小夜子と向かい合っている。
「でもね、小夜子。今のわたくしは、これはこれでいいと満足しているのよ。平凡な人生? いいじゃない、それでも」
 思わぬ若葉の言い分に、小夜子は絶句した。まさか反論されるとは夢にも思っていなかったに違いない。小夜子は力なく笑った。そして、その笑みは邪悪なものへと変わってゆく。興奮し、口調が荒くなる。冷静で賢そうな彼女の本性はこれなのかもしれない。
「そんな! せっかく持って生まれた能力を生かさずに生きるなんて! そんなのもったいない! 私は欲しくても手に入らなかったというのに!」
 小夜子は手にしていた折り畳み式ナイフを取り出した。若葉につきつけようとしているのは明白だ。だが、若葉は避けようともしないし、逃げもしない。ただ、悲しそうに微笑むだけだ。
「変わっていないのね、小夜子。だからそうやって利用される」
「うるさい! 最初からすべてを持っている貴女になにが解るっていうのよ!?」
「……解らないわね、残念ながら」
 手足が以前より伸びた若葉は、それだけ呟くと、小夜子を素手で投げ飛ばした。純粋な日本人ならばこうはいかないだろう。北欧出身の母親の血筋のおかげで、若葉の体格は良かった。そしてそのまま、小夜子の両手首を拘束した。腕力も、日本人離れしている。なにしろハーフだ。
「くっ……」 「貴女がわたくしに敗れるのは、これで二度目ですわね」
 若葉は無感動に言い放った。そしてしばらく考え込んだのち、両手首の拘束を緩めると、小夜子は一目散に逃げていった。
「……いいの、追わなくて?」
 事の一部始終を見たいた茜が尋ねると、若葉は力なく笑う。
「いいんですわ。小夜子ももっと懲りた方がいい。……そんなことよりも、手紙に書いてあった件について聞かせて頂戴な」
「うん。……『奇跡の少女』を見た」
 若葉はこの一言だけで茜の考えを悟ったのだった。


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2017年 3月25日 莊野りず


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