探偵は教会に棲む Returns

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Return10:茜とシェーン


 若葉の親友だという女性は、茜と歳があまり変わらなかった。あの出来のいい義妹のことだ、スキップして入学した高校でなにかをやらかしていてもおかしくはない。今回の依頼人も、もしかしたら若葉に嫌な思いでもさせられたのかもしれない。だとしたら、軽率に若葉と彼女を対面させるのは危ない気がした。更にいえば、若葉は現在ドイツで医師として活躍中であり、大忙しだ。
「……どうしたものかなぁ」
「あのヒトってワカバのトモダチなんでしょ? 会わせてあげればいいと思うヨ!」
「シェーンは簡単に言ってくれるよね。若葉は昔から常識がないっていうかさ、良心ってのが欠けてたんだよ。なにがきっかけだったのか、それは今はあるんだけどさ」
 一緒に眠りにつこうとしているシェーンはにっこり笑った。出会って一瞬で茜を魅了した、罪のない笑みだ。
「もしかしたらサ、あのイチノセってヒトがきっかけだったんじゃナイカナ?」
「一之瀬さんが? ……それはどうだろう。単なる親友でしょ?」
 茜には親友と呼べる存在はこれまでいなかった。だから、親友というのがどういうものなのか、想像はできても理解はできない。しかし、シェーンは『自称』ながらもあの若葉の親友を名乗っている。
「チガウヨ! 単なる、じゃなくて、大事な、親友だヨ! 友達の中でももっと特別なトモダチ、それが親友だヨ」
 その辺りの定義は人によって意見が分かれそうだ。シェーンは自分の言い分こそが正しいとでも言いたげに、眠たげに目元を擦る。そういえば、もう三月に入っていた。依頼人である一之瀬には、ことの経過を話さなければならない。それが探偵としての職務だ。
「……明日あたり、一之瀬さんに連絡してみようか。それと、若葉にも」
「ワカバに会えるの?」
 若葉の名を出した途端に、シェーンははしゃぎだした。元々は若葉の友人ということでこうして日本での住居も用意しているし、アルバイトとして探偵の助手も任せている。そのシェーンが若葉との再会……ではないものの、連絡を取れることを喜ばないはずがなかった。
 茜はシェーンの金の髪を撫でながら頷く。
「うん。今の若葉の状況も知りたいしね。……それに――」
「『それに』? ナニ?」
「ううん、なんでもないよ」
 大西隆のことが茜の頭をよぎったのだ。彼は神父が亡くなった元凶であり、この十年間、表舞台に出てくることこそなかったのだが、茜が解決した事件に彼の痕跡が見られるものがいくつかあった。どうやら十年前のあの日、義妹は懐いていた父親を警察に渡したくなかったらしく、その場で自らの与えた傷の手当てを施していた。茜はと言えば、その時には死にゆく愛する者たちとの別れを惜しんで、みすみす殺人者を見逃してしまった。茜にとっては忘れたくても忘れられない、茜にとっての失態だった。
「…………」
 ――果してあの、妙な方向にプライドの高い若葉がこちらの呼び出しみ応えてくれるだろうか?
 茜の胸にあるのは、依頼を解決できるかどうかだ。なにせ、こっちは生活がかかっている。『機関』からは首を宣告されたものの、茜の能力は『機関』トップである”K”に匹敵するレベルのものであると美千代は言っていた。なぜ昇進できなかったかと言えば、父親である大西があまりにも危険すぎるからで、茜自身のせいではなかった。
 シェーンが汚部屋にしてしまった教会の一室は、かつて神父が綺麗に使っていたところだ。茜としては彼女がホームスティにくるまでは、毎日綺麗に清潔に保っていたのだが、そんなことをしていても神父は帰ってこないということを知っていた。死者は蘇りはしないのだ。だから、彼女が棲みたいと言い出した時には、これ幸いだと思った。まさかあれだけ苦心してピカピカにしていた部屋を智也並の汚部屋にするとは思ってはいなかったが、これはこれでいい。シェーンは神父ではないのだから。
 そういう理由で、現在シェーンは茜の使っている部屋で一緒に眠っている。美人や美少女が好きな茜だが、それは同性愛的な意味ではない。ただ男よりも女の方が造形的に美しいからという、芸術家のような理由からだった。
「アカネ? 悩んでる? ダイジョブだよ! シェーンならここにいるから!」
 この子は他者の感情の動きに敏感だ。茜は救われた気がして、シェーンを思い切り抱き締めた。
「……シェーンはいい子だね」
 当のシェーンは眼をぱちくりさせた後で、微笑んだ。
「そうだよ? 今気づいたノ? シェーンはワカバの代わりに、アカネのソバにいるんだよ?」
 あの折り合いがいいとは言えない義妹がそこまで気を利かすだろうか? しかし、たしかにこのシェーンの存在は救いだった。神父が死んで以来、小さいと文句を穿いていたこの教会は広すぎた。百合のステンドグラスだけは、あの頃とまったく変わらない輝きを見せているが。
「……神父、僕はまだまだ成長できてないや」
 ぼんやりと呟いた茜の声に、シェーンは彼女のゴツゴツとして女らしくない手を優しく包み込んだ。
「シェーン?」
「無茶だけは、しちゃだめダヨ?」
 まだ夜は肌寒い中、シェーンの手は驚くほど暖かかった。


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2017年 3月8日 莊野りず


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