忘れモノ探し
〜「さくや」の章〜
わたしは、生まれた時から、生まれる前から、『さくや』だった。
わたしたちは双子の姉妹、ふたりでひとつの不完全体。片一方が『サクヤ』であり、もう片方が『裂夜』だった。『サクヤ』は子供の純真さ、無垢さ、穢れなさを司る妹。『裂夜』は大人のしたたかさ、知恵、力を司る姉。そう、今のわたしたちは、ひとつの身体を姉妹ふたりで共有しているのだ。
『さくや』は、霊能力の宗家である八乙女家に一代に必ず一組は生まれてくる双子だ。そうやって、常に八乙女家の危機を救い、周囲に頼られ、権力の糧となってきた。しかしその分、その肉体にかかかる負荷は甚大で、生まれた時こそふたりで生まれるものの、片方の肉体的寿命が尽きた時、もう片方に寄生する。そうやって、次の『さくや』が生まれるまで、時間を繋ぐのだ。いわば『さくや』は八乙女家最大の秘密であり、禁忌でもあった。必ず生まれ変わるよう、数百年も前に高名な陰陽師に依頼した。その代償として求められたのは、肉体的限界を迎えた双子の片割れの遺体だった。その陰陽師の一族の居場所は、現在では誰も知らない。ただ、死んだ双子の遺体を受け取りにくる老人がたった一人いるだけだった。
そして今代の『さくや』で、先に死んだのは妹の『サクヤ』だった。生き残った姉は、若くして、いや、幼くして死んだ妹を憐れに思い、通常ではあり得ぬ奇跡をやってのけた。自分の人格を封印する代わりに、表面上の人格として死した妹を自分の身体に宿した。そんなことは前代未聞で、彼女は『サクヤ』の子供らしさと『裂夜』の大人らしさを同時に併せ持った。今は身体が無くなった姉は、妹の対の色を自分のものとしてたまに他者に介入することができた。これは『さくや』たち本人にしか知らないことだった。夢の中で『サクヤ』は墨色のセーラー服に青い瞳で現れ、『裂夜』は自分の血で染まった赤いセーラー服に赤い瞳、それからまだ若い青い毛先の髪を持つ姿で現れた。……夢に介入することは、多量のエネルギーを必要とするし、その分老化も進むが、姉には目的があったのだ。
「わたしはわたし、わたしは『サクヤ』よ」
わたしの言うことなど、ひーちゃんは信じられないに違いない。わたしたちは幼いことから容姿だけはそっくりだった。けど、それだけだった。容姿は似ているものの、司るものが違うわたしたち姉妹は、目玉焼きにかけるものも、料理のスキルも、性格も違った。対になるよう、陰陽師によって遺伝子をデザインされているのだから、それも当たり前と言えるのかもしれないが、ひーちゃんはそんな些細なことには気づいていなかったに違いない。昔から鈍かったから。わたしたち姉妹で共通していることといえば、ひーちゃんという呼び方くらいだ。最初はひーちゃんのお姉さんがひーちゃんと呼んでいたから、なんとなくそう呼んでいたのだが、いつの間にか定着していた。
「……おまえは、だれだ?」
ひーちゃんは同じ質問を繰り返した。わたしだって、さくやだとしか答えようがない。だって、事実なのだから。
「わたしはね、ひーちゃんをずっと探してたの。やっとこの身体を取り戻した。この……忌々しい封印の文様のある身体を、ね」
この文様は、妹をこの身体に入れるために必要なものであり、刺青になっている。赤を選んだのは、最も生命力を溢れさせる色だから。この身体をわたしの人格だけで独占するのは久方ぶりだ。いったい何年、出来損ないの妹にこの身体を明け渡していたのだろうか。イタコになりたくないと我儘を言った妹は、自分が生きていられるのはわたしの霊媒体質のあるこの身体のおかげであることを知らないのだろうか? ……子供というのは無垢であり、愚かでもある。
「何のことを言っているんだ? サクヤのことはオレが一番よく知ってる。どんな時に笑って、どんな時に泣くのか、どんな時に――」
「ストップ。……それは『今』のわたしのことじゃないわ。それはね、――」
――ダメ! 言わないで!
妹の声がうるさいくらいに脳内に響く。あんたは痛みで気絶したんじゃなかったの?
――いくら裂夜だからって、ひーちゃんに迫ろうとするのだけは許さないはんで!
「『それは』?」
「ううん、ちょっと雑音がうるさくて。ひーちゃんっていつもこんな思いをしてるのね。さぞつらいことでしょうね」
「どういう意味だ?」
ひーちゃんが警戒している。妹の狙いはこれだったのか。意外としたたかなところもあるものだ。いや、ここ数日、ここ最近のわたしのやり方から学んだのだろうか。どっちにしても下手に知恵をつけた子供ほど厄介なものはない。
「ひーちゃんさ、わたしがどっちのサクヤなのか、お母さんに訊いてみたら? きっと知りたいことが解ると思うわ。それで納得してもらうしかないの、だって、邪魔が入るから」
「解った」
――ダメぇぇぇぇぇぇ!
「うわっ!」
サクヤは、わたしの霊力を使ってポルターガイストを起こした。この身体、元はわたしだけのこの身体は、あらゆる霊能力を供えている。巫女としての能力だって、ひーちゃんのお姉さんよりも上だろう。霊が絡んだことならば、だいたいのことは可能だ。今は霊を下ろした直後だから、特に身体中が敏感になっていて、霊を見る霊視や、ひーちゃんの霊の声を聞く力も発揮できる、その気になりさえすれば。わたしは、霊能力に関しては天才なのだ。わたしたち双子の転生の呪いともいえるようなシステムを織り込んだ陰陽師すらしのぐかもしれない。
「待って。これはわたしがやっているんじゃないの。詳しい説明がいるわね。しばらく黙っていて」
わたしはお母さんの霊を身体に移すための祝詞を唱えた。これさえ唱えれば身体へのダメージも少なくて済む。妹がこれを知らないのは、修行したけれど、覚える気がなかったからだった。そんな怠け者に、ひーちゃんは渡さない。
しばらくして、わたしは意識が飛ぶのを感じた。今のわたしの身体には、お母さんが入っているのだろう。そして、真実を説明してくれているに違いない。そうしてもらわねば困る。
「――ヤ、サクヤ」
ひーちゃんのわたしを呼ぶ声。わたしはずっとこれを求めていたのだ。下手に妹に情けをかけた結果、大事な想い人、大事な忘れられない忘れモノを取り戻す。それが私の目的だ。だから魂の元を飲ませた。口移しで。
魂の元はこの世に存在する、わたしの魂の拠り所だ。身体という器を無くしたわたしが、この世にとどまるためには、もうひとつ器が必要になる。その器となる身体の持ち主に飲ませて、内部から寄生するための種。それが魂の元だ。ひーちゃんのお姉さんの強力な霊能力を浴びたおかげで、魂の元は急激に、確実に、ひーちゃんの中で育ちつつある。発芽して、育って、彼岸花が咲けば、ひーちゃんの身体は晴れてわたしのモノだ。再び身体を得て、自分の足で歩けるという喜びは、きっと何物にも代えがたいに違いない。しかもその時のわたしの身体は、愛するひーちゃんのモノ。文字通り、ひーちゃんと一心同体になれるのだ。これ以上の幸せはわたしにはない。
――そんなの、間違ってらよ!
妹はわたしの体の中で声を上げる。今はわたしが表面上にいるから、妹は出てこられない。わたしの意識がなくなれば可能性はあるが、彼女の皆無と言っていい程度の霊能力では出てくることなど叶わないだろう。
「わたしは起きてるわ。……お母さんからわたしの秘密は聞いた?」
「あぁ」
「どう思った?」
「…………」
ひーちゃんは黙った後、再び口を開いた。
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2017年 3月3日 莊野りず
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