忘れモノ探し

〜ふたりの章〜

『待ってけろ!』
『追いつけるでしょ? 双子なんだから』
 オレの眼の前を、幼い女の子がふたり、通り過ぎた。ふたりとも子供らしい、あどけない笑みを浮かべている。身長も同じくらいで、オレと変わらない。これは夢だ、解ってる。でも、今はそんなものに逃げている場合じゃないだろ? そう、自分に言い聞かせる。ここはきっと、八乙女宗家の廊下だ。あの夏の日、オレと話していたのは姉の方だったんだな。カタカナの方の『サクヤ』は昔から津軽弁を使っていたんだ。標準語で話していたのは姉の『裂夜』だったんだ。……じゃあ、オレがいつも見ていたあの夢の女の子は、『サクヤ』じゃなくて、『裂夜』の方だったんだ。あの時、泣いていたのは、肉体を奪われることを知っていた、もしくは自己犠牲を良しとした時の別離の涙だったのだ。


「ひーちゃん、ひーちゃんはわたしと妹、どっちを選ぶの?」
「オレは――」
 選べるはずがなかった。どっちも同じ『さくや』であり、どっちともオレは思い出を共有している。どっちのさくやも、さくやはさくやだ。
「人格を統合とか、そういうことってできないのか? ほら、よくドラマとかであるじゃないか。あんな感じに――」
「ひーちゃん!」
 さくやが鋭い大声を上げた。咎める時独特の声。今のサクヤは、ヒトヒトちゃんの返り血でも浴びたのか、セーラー服が真っ赤に染まっている。瞳の色も赤い。その赤い眼に残酷な色が浮かんだ。
「……まさか、選べない、なんて言うつもりじゃないわよね? 冗談じゃないわ。その時はあなたの身体を貰うわ。そのための準備は整ってる」
「え?」
 そう言った直後だった。オレの口の中に何か詰め物でも入れられているような感覚に襲われたのは。喉よりもっと奥、器官の中からそのツタは這い出てきた。
「ぐぅぅぅぅ!」
「保険をかけておいたの。言ったでしょ? あなたがどちらか選ばなかった時、わたしはあなたの身体を貰うって。どうやら選べないようだから、わたしはひーちゃんの身体を貰うわ。その代わり、妹にこの身体をあげる。……それですべて解決、ハッピーエンドよ」
 眼の前が霞んできた。もはや、意識は遠くなるどころか、意識自体が『なくなる』ような気がした。口からツタが這い出て、彼岸花の赤が鮮明に見えた。その色は、今のさくやの瞳の色と同一だった。
「文字通り、ひとつになるのよ。わたしとひーちゃんは永遠に一緒なの。誰にも引き離せない、別れさせられなくなる。今度こそ、わたしは愛しい人とふたりでひとつになるの。……これ以上の幸せなんてないでしょ?」
 ……オレは意識が遠くなって、そのまま地面に倒れ込んだ、らしかった。



 千年以上前から、春になれば自然に桜が咲くように、季節は巡る。
 今は三月、もう進級の時期だ。
「一二三、そろそろ起きないと遅刻するわよ?」
 今日に限って珍しく家にいた姉ちゃんは、トーストを齧りながら急かしてきた。我が家で朝食が白飯からトーストに変わったのはいつのことだったか。……それに、なにかとても大事なことを忘れている気がする。なにか、だれか、大事な人を無くしたような、忘れたような、そんな気がする。
「一二三! 遅刻だって言ってんでしょ!」
 さらに急かされて、制服を着る手元が狂う。まったく、人を慌てさせるのもいい加減にして欲しいものだ。ちゃんと着ているか確認するために、全身鑑を覗き込む。よし、完璧。いつも通りの墨色の学ランだ。
「行ってきます!」
 なにか、忘れている。でも、こうも思う。
 忘れるモノなら、所詮その程度のものだったんだ、って。
 だから、気にしない。
 ……さっき覗いた鏡に映った瞳が真っ赤なことだって、きっと寝不足のせいに違いない。きっと、そうだ。

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2017年 3月12日 莊野りず
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