城物語

第五章 月下――ゲッカ―´

『……お前を捨てた両親に復讐しないか?』
 鷹のこの言葉は烏の胸を打った。……思えば、幼い頃から両親というものに憧れ続けてきた気がする。未だに目にした事のない、自分を産み出した存在。本来ならば『大事』だと想えるはずの存在。
 近くに棲む年下の子供を泣かせた時には、その子の母親が烏を叱った。
 近くに棲む年上の子供に刃向ったら時には、その子の父親が鷹に文句を言った。
 ――あたしにも両親がいれば……。
 何度もそう思った。いくつもの夜をその想いで過ごした。……しかし、待てど暮らせど、烏の両親が迎えに来ることはなかった。
 やがて両親への憧れは、暗い憎しみへと変わっていった。この手で果物ナイフを『両親』の胸につきたてた事も何度もあった、夢の中で。それは決して叶うはずのない『望み』。
 育てられないくらいならなぜ産んだのかと母親に詰め寄りたかった。
 育てられないならなぜ妊娠などさせたのかと父親を責めたかった。
 しかし天涯孤独の身ではそれも叶わない。烏は幼い頃から暗い情念で生き続けたのだ。今更どの面を下げて、明るい日の当たる場所を歩けるというのだろうか。……この、血で汚れきった穢れた手で。


 幼すぎて覚えていないが、自分は鷹に育てられたという自覚はあった。ミルクを飲ませてもらった記憶も、おむつを変えてもらった記憶もない。それでも育ての親は鷹だと断言できる。
 簡単な算数や簡単な漢字が読めるのも鷹の教育のおかげだ。……φの店名は未だに読めないけれども。それでも、生活に困らないだけの知識は教わったし、身につけさせてくれた。感謝してもし足りない、烏の『育ての親』であり、『師匠』。
 そして鷹は城の中ではかなり高いカーストに位置する者だった。誰もが鷹を敬い、尊敬する。それはそこいらのチンピラならば、姿を見ただけで逃げ出すレベルに。腕に自信のある者だって、誰一人として一対一で鷹に勝利した者などいない。そんな鷹が親代わりなのは烏の密かな自慢だった。
 また、カラスと会話が出来ることを隠しておけと言ったのも鷹だった。烏という名をつけたのも鷹だ。『鷹』の娘、『賢い鳥』の名から取ったと言われれば、幼い烏の自尊心も大いに満たされた。


「……復讐という事は、あの人たちの居場所を知ってるの?」
 烏は当然の疑問を口にした。その反応を期待していたのか、鷹はにやりと笑う。彼は咀嚼していた携帯食料を飲み込んでから答える。
「当然だ、と言いたいところだが、最近のクヤクショはコジンジョウホウに厳しくてな」
 鷹は『外』の世界の言葉を使った。生まれて一度も『外』の世界をのぞいたことのない烏には想像してみることもできない。ただ音をまねてみる事しか出来ないが、そもそも発音すら怪しい。
「……じゃあ、どうやって?」
「俺が掴んだ情報によると、月下という名の女のDNAがお前のものと近いらしい。DNAっていうのは、いわば人間の設計図で……」
「……月下……」
 カラスたちが一斉に鳴いた。……烏は、鷹の話を聴いていない。彼は物知らずの烏のためにDNAが何なのかを詳しく説明しているのだが、今、彼女の脳内にあるのはある一言のみ。『月下』という名らしい女の事で頭が一杯だ。
「復讐するには『城』を登らなくては。それか手紙を使っておびき出すとかな」
「手紙? ……そんなもので呼び出せるの?」
「赤ん坊だった頃のお前が捨てられてたのは『城』の中腹だった。そこまで上るだけの力はあるって事だろ?」
 鷹の言葉に、烏は大いに勇気づけられた。
「あたし手紙出してみる。ジュウショ? 教えて」
 『月下』という名の女。それが幼い自分を捨てた母親の名。ゲッカゲッカゲッカゲッカゲッカゲッカ……。
「……大丈夫か?」
「うん? あたしは平気よ?」
 烏は澄ました顔で、鷹に笑い返した。それは『外』から『城』に戻って来て初めての、数年ぶりに見る烏の笑顔だった。



___________________
2014年 6月25日 莊野りず(初出)

月下というのは、月下美人から取りました。
彼女は烏の何なんでしょう?ひねくれた展開になると思います。
________________
2015年 月日 莊野りず(加筆修正後更新)

加筆した割に短いのは仕様です。
この辺からが確か急展開だったはず。
新キャラは確か二人出ますよ。
Copyright (c) 2023 rizu_souya All rights reserved.
 

-Powered by 小説HTMLの小人さん-