城物語
第三章 銘々――メイメイ――
銘々はいつもチャイナドレスに紫の扇を持っている。今日のドレスの色は赤だった。これは機嫌がいい証拠。それを見て、烏はまずは一安心。多分、乱闘にはならないだろう、自分さえ大人しくしていれば。そのチャイナドレスのスリットから見える、太腿の絶妙なラインが艶めかしい。
この『城』で魅了した男は数知れず。彼女を巡っては戦いが巻き起こり、何人の男が死んでいったかを烏は知っている。正確な数は知らないが、大体は。そして、その生き残った男に取った態度もよく覚えている。
『アンタのような筋肉質は好みじゃないわ。私が好きなら、死んでごらんなさい?』
そう言われて、素直に死んだ男を知っている。というか、烏も「面白そうな展開になりそうだから、一緒に見ない?」と、当事者である彼女自身から誘われて見に行ったのだ。……彼女が『男』という生き物にこれだけ冷たいのには、ちゃんと理由がある。その銘々は、実は『男嫌い』だから。
自分自身を取り合い、命がけで戦う男どもを見ては笑うという恐ろしい一面を持っている女――銘々。その魔性の女のお気に入りが烏なのである。
「あらぁ~! 烏ちゃんいらっしゃい! 来てくれるなら、カラスにでもメモを持たせてくれれば私はいつでも待ってたのに!」
弟――φの店に入るなり、紙袋を床に落とし、銘々は烏を抱きしめる。痩せすぎの烏の身体中の細すぎる骨が悲鳴を上げる。 ――だから銘々は苦手なのに。
最初から銘々が来ると解っていたら来なかったのに。そんな非難の眼差しをφに向けても、彼は打つ手なしと判断したようだ。彼女の豊満なバストが胸に当たると、柔らかいという感想はあるが、これは男がされて喜ぶことだろう。
烏にとっては、その豊かすぎる胸で圧迫させられることで、呼吸が苦しくなる。……毎回こうされるたびに、命の危機を覚えるのは、果して烏の錯覚か。その事に気づいた銘々がようやく烏を開放した。
「あら、ごめんね。苦しかった?」
烏の周りのカラスたちが、彼女の頭上を飛び回っている。この事で銘々は烏が苦しがっていることが解ったのだろう。烏は自分がカラスの声を理解できる、という事はこのφと銘々にしか話していない。……他に知っているのは師匠だけだ。他は誰も知らないだろう。
――烏、獲物は急所を狙え。誰よりも人体の仕組みに精通するんだ。
師匠は幼い烏にそう言い残し、一冊の本を置いて去っていった。その本というのが、手書きの人体の急所という急所を書き示した、師匠お手製のノートだった。烏は今でもそれを読み返している。
「さ~て烏ちゃん、私が帰ってきたからには、髪型をお揃いにしましょうね~!」
今日の銘々は、腰まである茶色の長髪を、二つに分けてをお団子にしている。烏も髪は同じくらいの長さだから容易にできそうだ。
だが、最初は上機嫌で髪を結っていた銘々も、烏のストレートすぎる黒髪に手を焼いた。一向に癖はつかないし、芯が硬いのか、櫛のいう事も聞かない。……しかしそれは、烏のせいではない。
「烏ちゃんの髪って、ストレートすぎて全然癖が出来ないわ!」
銘々はそう零した。手にした櫛は既に三本目で、それにも大量に折れた跡が見受けられる。そこまでして、なぜお揃いに拘るのだろうか。
それに、確かに長い自分の髪が結ってあれば獲物を狙う時に楽だが、そこまで気にしていない。……今日、先ほど殺したばかりの、あの男の返り血も髪についているはずだ。それでも烏の黒髪にはその赤が全くない。
『城』には中立地帯なんていう甘いものはない。ひたすら弱肉強食がこの『城』の『ルール』だ。
銘々はφの店の儲けで作った専用の風呂に入っているらしく、いつもいい匂いがする。
「そうだわ烏ちゃん、一緒にお風呂に入りましょうよ! きっと楽しいわ!」
服に付着した返り血の染みで察したのだろう、銘々がそう提案する。こうして見ると彼女は何も恐ろしくもない女に見えるが、そうではない。銘々は武器が『持てない』のでなく、『持つ必要がない』から持たないだけだ。彼女は周りにある日常品を簡単に武器として活用する。その点において、非情に頭の回転く、精神的に成熟した大人の女性という名に相応しい人物なのだ。彼女のようなタイプこそが烏が敵に回したくないと恐れる者。
その銘々を敵に回すのは流石の烏にも躊躇われた。
「……じゃあ、一緒に」
渋々返す烏の返事に、銘々は『非情な殺戮者』の顔は捨てて、『無邪気』な笑みを浮かべるのだった。
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2014年 6月23日 莊野りず(初出)
メイメイって響きが可愛くないですか?
そんなワケで、今回も新キャラ登場。
φの姉の銘々です。血は繋がってるので彼女も大陸出身です。
次回はどうしよう。
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2015年 4月8日 莊野りず(加筆修正版更新)
……なんて上では書いてますが、次回は烏の師匠登場です。
あまり期待はしない方がよろしいかと。
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