●● レンアイオムニバスーSideB --- 9、たまには頼りになるんです ●●
――全く、情けないんだから。
高校に入学してから二年。中学の頃から欲しかった『彼氏』。一年の頃は次々に付き合い出す友達を色んな目で見ていた。認めたくないけど、その感情の正体は嫉妬と劣等感。だから、今の彼にコクられた時は「妥協して付き合ってやるか」程度の気持ちだった。……だって、ねぇ?
「どうですか? 見事な一本背負いだったでしょう!?」
「……」
汗臭い部室で、あたしの彼――飯田フトシはたった今一本背負いとかいう技を決めたところだった。いかにも「褒めて褒めて!」とでも言いそうな犬のような表情であたしを射る。……勘弁してよ。ただでさえ『相撲』なんてデブの象徴のようなスポーツだし、みんなの『彼』のようにサッカーとかバスケとかやればいいのに。
あたしはいつも、常にそう思う。でも。あたしの『彼』にはそれらは無理。だってお腹の脂肪がたまっているというのがよく見なくても解るほどの『デブ』だし、足もゴン太、おまけに顔はイケメンからは程遠い。
「一本取りましたよ!」
そうやって嬉しそうに一々報告してくるところも犬くさい。どう考えてもあたしの好みとは正反対。……どうしてそんな男と突き当てるかって? 彼しか選択肢がなかったから。二年になる頃には、あたしの友達は全員『彼』がいて、いないのはあたしだけ。そんな屈辱、耐えられない!
……かといって自分から告白なんて、あたしのプライドが許さない。そんな訳で向こうからコクって来たこの男子――フトシと、大変不本意ながらも付き合うことにしたのっだった。
「どうかしたんですか? なんか神妙な顔して……」
「その汗臭い手で触んないで! タオルだって細菌が繁殖してそうだし!」
あたしにとっての『妥協した』奴にしてやれることはこの程度。でもまだあたしは優しいわよ? キャバ嬢なんて何とも思ってない金持ちからあっさりブランドのバッグを練ってるんだもん。金銭が絡まないのに親切にしてやる程度には、あたしは『優しい』。フトシはぽかんとしてるけど、そんなこと知ったこっちゃないわ。
これがあたし達の大体のカンケイ。あたし的には『彼氏がいる』という事が最重要。精いっぱいの妥協として、付き合って『あげる』の。つまり立場はあたしが『上』なのよ。
そのフトシときたら、柔道をやってる時は少しはマシに見えるんだけど、普段がスクールカースト下なのよね。デブだからこそできるのが相撲なんだろうけど、逆に言えばそれしか取り柄がないのよね。そしてそのデブって時点でイジメられるのは当然の理。本人曰く、体操着を盗まれたり、上履きに落書きは『カワイイもの』らしい。……そのなよっちい考えが持てない理由だって思わないの? 知れば知るほどコイツがどれだけ情けなくて頼りにならないのかがよく解るわ。
「よくあんな、ザ・ダメンズと付き合う気になったわよねー」
「いつから粗大ゴミのリサイクルなんか始めたの?」
ランチタイムでも女子の話題は『恋バナ』が鉄板。フトシをここまで言うのは、「自分たちはこれだけステータスの高い男と付き合ってるの」という、無意識の自慢があるから。……あたしだって、アンタらみたいに可愛くて胸があればその辺の男も選び放題なのに……。本当に、ブスには選択肢がなくて困るわ。彼女たちは毎回自分の『彼』の自慢話だけしている。
その時に目に入ったのは、数人の男子に取り囲まれながらも泣きながら何かを返してほしいと懇願するフトシの姿。表情は必死そのもの。
「返してください」
「やだよ! つーか、デブのクセに口答えすんな!」
――なんであれだけ強いのに本気でシメないのよ、バカじゃないの?
でもフトシは全く反撃せず。ただ頼み込んでいる。……いつものこととはいえ、情けないにも程があるわよ。……あたしも別れ話を切り出そうかしら。友達にイケてない彼氏を紹介するのも苦痛だし。
でも帰り道だけは、それほど嫌じゃない。『男に送ってもらう』っていうのを嫌う女なんて皆無じゃないの? そのくらいの『王道』。でも今日は様子が違った。あたしの家の方角から嫌な意味でよく知る男の怒鳴り声が聞こえたから。
「……何でしょう?」
「……」
まだあたしたちに絡むの? あたしたち一家が何をしたっていうの? ……確かに『乗った』のはお父さんだったけど。この先は恥ずかしくて見せられTもんじゃない。でもフトシは一目散に我が家へ駆けていく。
「まっ、待って!」
あたしの制止も聞かず、彼は宵闇に消えた。『あの現場』を見られるかと思うと、様々な意味で『恐怖』だわ。あたしも慌てて彼の後を追う。でもやはり先に着いたのはフトシで、状況が呑み込めないでいたようだった。
「……どういう、事ですか?」
「……」
あたしたち二人の目の前の光景は、?れには子音字られないことだという印象を与えたのは間違いない。そりゃそうだわ。あたしだって彼の立場ならそう思うもの。
「……『借金取り』? しかも様子から察するに、明らかに『闇金』ですよね?」
「……」
あまりにも恥ずかしくて顔を挙げられない。ブスな上に性格まで悪い、愛嬌も欠片もない。その上この通りのド貧乏。……フトシのことを笑えない。笑う資格なんかない。
「危ない!」
あたしが再び顔を上げると、普段の情けない顔はどこかへ消えたフトシが、チンピラを容易く締め上げていた。その人数は五人もいる。なのに、フトシは全く怯まずに、殴られながらも向かっていく。そこに迷いなんてなかった。 あたしも、両親もぽかんと彼を見ていた。あの気弱でイジメられっ子で、、舐められっぱなしのフトシが五人の大人をボロボロになりながらも倒した。
「……大丈夫ですか?」
それまでチンピラにされるがままだったお父さんに手を差し伸べるフトシは鼻血を流しながらも微笑んでいた。居たくないのか、強がりなのか、そんなことなんか微塵も読めない。お父さんは「ありがとう」と言って、複雑な顔をした。……見知らぬ男子高生にそんなことされたら、そりゃ戸惑うわよね。
「僕は飯田フトシと申します。娘さんと交際させていただいております」
お父さんもお母さんも、そりゃもうびっくり仰天。だってあたしの好みのタイプとはほぼ真逆だし。
「お父さん、見たでしょ? 彼はこの見た目だけど、たまには頼りになるんです!」
思わず笑顔になって得意げに自慢するあたしを、お父さんもお母さんもどこか安心したように笑った。
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