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● レンアイオムニバスーSideB --- 8、怒ると怖かったりします ●


 ――ちょっと、ノロケ話を聴いてもらってもいいですか?

 わたしの名前は三好霞。かすみ草のように、たとえ目立たなくても、周りを優しく支えられるような、そんな優しい『女の子』に育って欲しいということで、この名前なのです。
 わたしは小学生の時には書くのに苦労したこの漢字が嫌いでしたが、この由来を聞いて途端に嬉しくなりました。わたしはそういう女の子になりたいからです。中学生の時には『名は体を表す』という諺を習い、その嬉しさは倍増です。だから、両親には、特に名付け親であるお父さんには、感謝してもし足りません。……これは『ファザコン』、なのでしょうか?

 そんなわたしも、いよいよ高校生になりました。中学生の頃は地毛の黒髪をお下げにしていたのですが、申し訳ないと思いながらも書店で立ち読みした、わたしたち向けの雑誌で読んだ『高校デビュー』という記事を真に受けて、お下げはほどいて方の下程度の『セミロング』と呼ばれる長さの黒髪に、日によって好みのピンで飾り付ける。……これがわたしに出来る、最大の『お洒落』です。

 そんな、どう見ても地味でパッとしないであろうわたしに、初めて声をかけてくれたのは『彼』でした。誤解しないで欲しいのですが、この時はまだ『彼氏』という意味での『彼』ではありません。そんな男子ではないのです、『彼』は。


『三好さん? 顔色が悪いよ?』
『……えっ?』
 わたしはその時『貧血』で、自分でも少々苦しいという自覚はありました。でも、顔色が悪いとはっきり指摘されるほどだとは思ってもいませんでした。わたしの『貧血』は『重い』のです。『彼』は名字が似ている事から、入学してしばらくの間、具体的には数ヶ月の間、わたしと席が隣同士だったのです。だからこそ、気づいたのだと思います。その時にわたしが思った事は、『なんだか気味が悪い』でした。……今にして思えば、本当に恥ずかしいことです。『彼』は心からわたしを心配してそう言ってくれたというのに。
 
 その後も、なにかにつけて気を配ってくれて、あっという間に『彼』は『学校一優しい奴』という評判が広まりました。わたしはその事実がまるで自分の事のように嬉しかったのですが、大多数はこう言うのです、『ふぅん、それで?』。まるで、『優しいからなんだっていうの?』とでも言いたげですし、実際に『彼』は男子たちから『女々しい奴』と陰口を叩かれることもしばしばでした。……でも『彼』本人は全く気にしていないし、わたしも男子がそうやって陰口を叩く時点で、『貴方たちの方が女々しいですよ?』と言ってやりたくなりました。意図的に、『悪意』を持って。でも、肝心の『彼』本人が気にも留めないのに、わたしがそうやって騒ぐだけでも迷惑になると思ったので、実行はしませんでした。本当の『大物』と呼ばれる人物は、『彼』のように『優しい』ひとの事を指すのではないでしょうか?

 そして、わたしの『彼』への想いは日ごとに募るばかりです。『三好さん』と、あのやや低い声で苗字を呼ばれるだけで、顔が赤くなりそうで恥ずかしかったのです。そんな『彼』が、突然わたしを呼び出したのには驚く他には何もありませんでした。しかも、その日はわたしの誕生日、六月八日だったので尚更です。……わたしはこの時初めて、『運命』もしくは『予定調和』という言葉を思い浮かべたのですが、この場合は『運命』の方がロマンチックです。だから、『彼』が言った言葉は『運命』だったのです。
『……迷惑だという事は自覚してる。だけど、俺は三好さんの事が大好きです。俺と、お付き合いしてくれませんか?』
 『彼』はなんとわたしの誕生花『 』をわざわざ購入して、花束にしていました。『普通』の男子高校生ならば、お花屋さんに入るだけでも勇気が要るのではないでしょうか? それに今時珍しい、優しい『彼』ならではの、『心からの好意』には感動しました。
『迷惑だなんて、とんでもないです! ……わたしでよければ、こちらからお付き合いをお願い致します』
 そう返して、頭を下げるわたしを『彼』は一瞬だけ驚いた目で見たのですが、すぐに優しい、心が温まるような微笑みを浮かべて、  の花束をわたしに差し出したのでした。
 ……これがわたしと『彼』の交際のきっかけです。『ちょっと』などといいながらも、長くなってしまうのは仕方がないものだとご了承いただけるとありがたいです。


 そんな調子のわたしと『彼』ですから、事あるごとに何かとトラブルにも巻き込まれたりするのです。この日もそうでした。
「三好、頼む! 金貸してくれ!」
 名字しか知らないクラスメイトの男子が、わたしを拝むように切羽詰まった様子で頼み込んできました。どういうことなのか、事情を聞かない限りはどう判断すればいいのかも見当がつきません。『彼』も、今は先生の依頼で次の授業の準備に向かっていていないのです。
「……どういうこと?」
「三年の怖いセンパイに金借りちまって! 利子はトイチだって、聞いてねーんだよ! 頼む! 三好なら『優しい』から、助けてくれるよな?」
 この時は、わたしの『こうありたい』という気持ちが災いしました。
「……それでは根本的な解決にはなりませんよ? 間違っている事はたとえ相手が目上の方だろうと言うべきではないでしょうか?」
「いや、俺は金を……」
「行きましょう! 案内をお願い致します」
 わたしはこの男子に連れて行ってもらいました。三年生の、そのお金を貸したという複数の先輩のところに。彼らは口々に「金」「金」と繰り返し、刃物まで見せてきました。
 ――怖いけど、ここでわたしが逃げたら、彼はどうなるの?
 わたしは勇気を振り絞り、自分の正しいと思う事を言うのですが、彼らは一向に耳を貸す気配がないのです。そして一緒にいる彼の首筋を切りつけようとしたのです。わたしは思わず大声を上げていました。
「やめてください!」
 それでも、わたしも先輩たちに取り囲まれて、どうにもできません。
「……女相手にこんなものは使いたくねーけどよ、どうしても邪魔すんなら……」
 先輩は持っている刃物――正式名称は知らないのですが、よくニュースで映像が出るモノ――を、わたしに向けました。恐怖で何も考えられないし、動けない。それに何より恐ろしかったのは、先輩たちが『本気』だという事です。
 ――もう一度、貴方の優しさに触れたかった!
 諦めかけた時に、先輩の呻き声が次々に聞こえてきました。目は開いていたのですが、その動きは予測不可能で、どこに行くのかも読めません。
「大丈夫? 三好さん?」
 三年生の先輩数名を簡単に無力化しながら、『彼』は必死の形相でわたしの方を凝視しました。その視線からは『優しさ』だけではなく『凛々しさ』すら感じました。一撃必殺という言葉通りに、次々と先輩を倒す彼には『容赦』というものが全くありません。
「お前……ヘラヘラ笑ってばっかのクセに!」
「……俺にだって、絶対に許せないことがある。お前は、よりにもよって俺の一番大切なひとを傷つけようとした。これで黙っていられるわけがないだろう!?」
 乱暴に拳を入れる彼の言葉を、わたしは思わず反芻していました。……『俺の一番大切なひと』。それだけでこの状況には似つかわしくない気持ちでいっぱいです。


 後に『彼』から聞いたお話なのですが、『彼』のご実家は古武道の師範代を代々務めてきた家系だそうなのです。『彼』も例外ではなく、幼い頃から『強くなれ』と強制的に習わされていたそうです。
「……暴力なんて、嫌いだ」
 そう言って、出来るだけ力を振るわない『彼』のことが、わたしはますます『大好き』になりました。日本語がおかしい? だってこれも『ノロケ話』ですもの。わたしのとても優しい『彼』は、怒ると怖かったりします。
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