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● レンアイオムニバスーSideB --- 6、情けない顔です ●

 京都のとある料亭。あくまでも『老舗』はつかない。そんな『京都の料亭』に十九年前に珠のような、娘が生まれた。その子は本当に愛らしく、誰にでも愛されるような、そんな女性に成長するだろう。
 そんな期待を込めて、今は亡き先先代の女性の名を取り、『千代』と名付けた。……『料亭みなみや』、十九年前の出来事である。


「かずまぁー! あんたって、ホンットに情けない顔しかしないのね!」

 そう怒鳴りつける『彼女』は、確かに十九年前に『南』という家に生まれた、『料亭みなみや』の『千代』という名だった。赤子の頃の愛らしさも、誰にでも愛されるような性格にも、残念ながらならなかった。
 その彼女が怒鳴りつけているのが、同じく『料亭あずまや』の東和馬という同じ歳の青年だった。彼はお転婆というより『ガサツ』に育った千代とは大違いの、『気弱』なたちであった。
「……ごめんなさい」
 すぐにそう謝ってしまうのが癖の、千代の幼馴染であり――。
「情けない顔ですね、あたしの『許嫁様』なのに!」
 そう、この二人は『幼馴染』であり、『許嫁』でもある関係だった。千代が生まれてちょうど一か月後に生まれた和馬は、赤子の頃は顔立ちが凛々しく、これならば千代とは似合いだ、等という大人の勝手な言い分により、ふたりの承諾など出来ない年の時点でそう定められていた。
 千代は、所詮はこういうモノよね、などとあきらめの日々だった。

『情けない顔です』

 これは、千代なりのそんな境遇への不満の表現であり、和馬への密かな奨励でもあり、素直な自分の気持ちの表現でもあった。


 そしてその、もはや口癖となる言葉も吐けない状況がやってきたのである。


「……本当に、行っちゃう気? あたしを置いて?」
「だって、最初からそのつもりだったんだよ。……店を継ぐには、もっと繁盛させるためには、本場で学ぶべきだって」
 突然和馬が告白したのは、海外への料理を極めるための留学だった。同じ大学、同じ学科に通いながらも、千代はそんなことには全く気が付かなかった。
 和馬は自嘲をこめて言う。
「……千代だって、おれみたいな気弱な男より、もっと頼りになるのがタイプだって言ってたじゃないか。文字通り、『邪魔者は消えるよ』」
 それにはいつもの口癖も言えない。言えるわけがない。……いつもあの口癖を言ってしまうのは、好きすぎるゆえに素直になれないからだ、なんて。
「……そんなことはないから、お願いだから、はやく帰って来て?」
 そう懇願する千代は、普段の『気弱』な自分が乗り移ったようだった。

「……情けない顔、ですね千代『さん』」

 和馬は千代の気持ちを汲んだらしく、その一言を残して搭乗口へと向かった。

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