●● レンアイオムニバスーSideB --- 4、 見ていてはらはらします ●●
――ふぅ。
あっ、ごめんなさいね。あたしは聡美。高校二年生で、新しく天文学部の部長になった女子高生よ。
正直な話、授業なんかよりも放課後の数時間しかない、この部活の時間が最も楽しみなの。星を見る事が好きっていう、同じ目的の元に仲良くなれる友達がたくさんいるって、素敵な事だと思わない? だからあたしはこの部活の時間が好きで好きで仕方がないの!
でもね、たかが学校の事で、って疑問に思う人も多いと思うんだけど、『天文学部』のことで、今ちょっと悩んでるの。多分、こんな事を考えるのは少数派だろうけど、あたしにとって天文学部は聖域なの。誰にも穢されたくないの。
その大事な天文学部に、喜ばしいことに新入部員が五人入部してくれた。
あたしは内心でホッとした。だって、うちの学校は部員数が五人にも満たない場合は即廃部って決まりがあるから。だから、どんなカタチでもいいから、大好きなこの天文学部だけは永遠であってほしかった。とりあえず免れた廃部の危機が去って、あたしは思わず全員に握手を求めていた。
……でも、その中に一人、ある意味で要注意人物がいたの。もちろん『彼』には悪気なんて全くない。むしろ積極的にあたしたちを手伝ってくれる、とっても『良い後輩』だった。……本当に、『アレ』さえなければね。
「聡美センパイ! おはようございます!」
あたしが学校への通学路を歩いていると、礼儀正しく挨拶する声が聞こえる。この年頃の少年独特の、割と高いけど、どこか低さを感じさせる声が。
「おはよう。治郎は、昨日は夜更かししなかった? 昨日は数年に一度のアレだったでしょ?」
あたしがそう挨拶を返して、軽い世間話を振ると、すぐに食いついてくる。
「もちろんですよ! アレを見逃しては天体観測好きの名が廃ります! 今回は小規模でしたが、実際はもっと……」
そして始まる『いつもの』星談義。……あたしよりもはるかに星についての知識は上だし、愛情も上。どう見ても彼以上の天文学部に相応しい部員はいない。
そんな彼の名前は『竹中治郎』。あたしが知る限り、星を語らせたら彼以上の者は専門家レベルじゃないと話が合わないんじゃないの? なんて心配になるくらいの天体マニア。性格も温和で、誰にでも優しくて親切。かと思えば、ただの内気なタイプでもなく、天体に情熱を捧げる『熱い』後輩。……彼が例の『要注意人物』でもあるのだけれど。
「――センパイ? 僕の話、聴いてますか?」
「あ、うん。ごめんね、あまりにも専門用語が多くて……」
心底申し訳ない気分になる。彼の期待に応えられない、ダメな先輩でゴメンね。目の前ではやはりしゅんとした表情を浮かべる彼に、一言だけ告げる。
「悪いんだけど、専門用語とか教えてもらえないかな? ホラ、あたしも星は大好きなんだけど、写真集ばっかり読んでるから、活字が多い本が苦手で……」
あたしがそう言うと、治郎は目を輝かせて、嬉しそうに、どこか誇らしそうに、胸を張った。この辺の心理が理解できないんだけど、これは喜んでるの?
「なーんだ、そういう事ですか! でしたら是非に語らせてください!」
「うん、出来るだけわかりやすくお願いしてもいい?」
「僕も星について語り合える相手を募集してるんですが、なかなか同志が見つからなくって。聡美センパイとなら気も合いそうですし、遠慮なく何でも聞いて下さいね!」
……どう考えても理想の後輩。懐いてくるし、礼儀正しいし、優しくて親切だし、あたしよりも詳しいし……。本当に、『アレ』さえなければ。そう思わずにはいられない。
あたしたちは下駄箱の前で別れた。
授業終了のチャイムが鳴って、あたしは友達と一緒に部室に急ぐ。あたしが嫌々ながらも、この偏差値だけは無駄に高い高校に入学したきっかけは、天文学部のありようからだった。
観測器具は充実しているし、部室も専用のものがあり、部活動における上下関係も代々薄く、いつも平和な空気が漂っていたから。実際に卒業した先輩も優しい人ばかりで、あたしは思い切り可愛がられた。
だから、あたしも先輩を見習って、そういう『理想の先輩』でありたいと思うようになった。けれど、世の中というのはそう簡単なモノではないらしい、という事を竹中治郎という後輩男子に大いに教えてもらった。
「いてててて……、あっ、センパイ!」
天文学部の部室に大量にある分厚い図鑑に、その竹中治郎は押しつぶされようとしていた。あたしよりも低身長で、小柄な彼は圧死寸前――と言っては大げさか?
「もう、またやったの? 大丈夫?」
あたしたちはそう声をかけながら、彼を助けようと力を合わせて本棚を立て直す。やっとの事で本の山から抜け出した治郎は困ったように苦笑い。
――そう、彼の『アレ』というのは、『極度のドジっ子』というもの。何もないところで普通に転び、大型の犬には容赦なく吠えられる。他にも例を挙げればキリのないくらい、清々しいドジ。
「大丈夫ですよ。これでも僕は男ですから!」
そう言って強がっても、まるで説得力を感じないのが不思議。
「大丈夫? ホントに?」
「なんでこんな解りやすいドジするの?」
友達が笑顔で彼と会話。それに笑顔で答える彼。……理屈は解らないけれど、『イライラする』。
「あっ、聡美!」
友達の泊める声を無視して、あたしは部室を飛び出した。治郎はこちらを見ていた気がするけれど、そんなことなんか知らない。
「はぁ」
またやっちゃった。あんなつもりなんて微塵もなかったのに。なぜか治郎が他の女子と絡んでいるのを見るとイライラする。これってもしかして、嫉妬? ……なワケないか。
あたしは既に濃紺に染まった空を見上げる。星がチカチカ輝いているのがたまらなく好き。この好きには理由なんかない。
「……センパイ」
この呼び声には嫌なくらいの聞き覚えがある。今一番会いたくない相手。
「……なに? ダメな先輩を笑いに来たの?」
「まさか」
「飲みませんか?」と彼はあたしに微糖のアイスコーヒーの缶を手渡す。……自分の分はアイスの無糖。
「……意外だわ。あなたはてっきり甘いモノの方が好きだと思ってたんだけど……」
「僕だって男ですよ? 甘いモノはあまり好きではないですね。……ところで、星の解説、しましょうか?」
彼の言い分に多少驚きつつ、頷く。
「……あの星は、夏場なら――」
長い話だけど、彼の言い方が凄く解りやすくて、思わず聞き入っていた。所々で出てくる難しい単語の意味も、解りやすいように噛み砕いて説明してくれた。
「……これじゃ、どっちが『先輩』なんだか解んないね」
すると彼はあたしの方を見て言った。とても真剣な表情で。
「……はっきり言ってもいいですか?」
その表情は、今まで見たどんな彼のものよりも真面目で真剣そのものだったから、何も言えなかった。
「無言は同意と見なします。……あなたをみていてはらはらします」
「……へ?」
まさか、ドジっ子の彼にそんな事を言われるとは思わなかった。思わず言い返す。
「ちょっと! 確かにそっちの方が星の知識は上よ? でもあなたみたいなドジっ子に言われたくは……」
「だから、そういうところが見ていてハラハラするんですよ!」
「なんですってぇ!」
……こうして小一時間ほどのあたし達の口喧嘩は熾烈を極め、言いたい放題。でも、口に出すって、結構スッキリするものだった。
「……で、なんで聡美と治郎が一緒に登校してるの?」
その疑問は尤もだし、あたし自身、まだ答えは出ていない。けれどあたしと治郎は一緒に登校している。これは事実。
「さぁ? ……言われてみれば、なんであの流れでこうなったんだっけ?」
ちゃんとした答えを用意しているモノだとばかり思って、自分より若干目線の低い彼――治郎に視線を向ける。
「さぁ? なんででしょうね」
答えを知っているだろうに、そう言ってはぐらかすこの『後輩』に、あたしはイライラしつつも、ずっと一緒にいられることを願うのだった。
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