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● レンアイオムニバスーSideB --- 3、 前にも同じ失敗しましたね ●

 ――まただ、またやった、この男は。
「マジで悪りぃって思ってんだぜ? けどよー」
「言い訳なんか聞きたくないから!」
 あたしはこの日のために密かに新調した、春物のパステルグリーンのクラッチバッグを握る手に力を込めた。……今日、この日が来るのをどれだけ待ち侘びたことか。それなのに、この現状は、本気でありえない。
「ねぇ、その女だれよ?」
「まさかカノジョじゃないよね?」
「私とは遊びだったの?」
「前に『お前だけだよ』ってプレゼントくれたのは、何だったの?」
 約一か月ぶりのデート当日。ありえない事に、あたし一之瀬真奈の『正式な』彼氏である目の前のこの男は、なんとあたしの他に四人の女ともデートの約束をしていたらしい。
 ――本気で、あ・り・え・な・い・! このあたしを何だと思ってるのよ?
 目の前で争奪戦というか、女難の憂い目に遭っているというのに、あたしの彼氏であるこのチャラ男は実に楽しそう。まるでこのために、わざとブッキングさせたかのようにも思えてくる。それは一体何のために?
 ……最近はこの男と付き合い始めたのを後悔気味。こんな奴のために自分の時間を割くがの惜しい。いっその事、フッてやろうか?
「悪りぃ、マジで、ホントに! 待って、行くなよ真奈ぁー!」
 情けないこの男の声をバックに、あたしは待ち合わせ場所から移動する事にした。……どうぜ、このままここにいたって面倒な事になるに決まってる。だったら、『邪魔者』は消えるに限る。


「あらぁ、そんな事があったのぉ? 大変だったわねぇ」
 微妙にイラッとくるこんな喋り方をするのはあたしのお母さん。いい年してお母さんに相談事、しかも恋愛絡みなんて、恥ずかしくて学校の友達には絶対に言えない。けど、彼女たちより確実で、ピンポイントに効果のあるアドバイスをくれるのは、やっぱり『年の功』ってヤツらしく、お母さんが一番だ。
「そーなのよ! もうすぐあたしの誕生日だっていうのに、信じらんないでしょ?」
「それはわたしも忘れてたわ! ……ごめんね、真奈ぁ」
 そう言ってあたしに向かって手を合わせるお母さん。彼女は実年齢より二回りは若く見える。そして、あたしを産んだのが二十四歳の時だから、一緒に街を歩くと姉妹、それもあたしが姉に見られることもしばしば。娘としては色々と複雑だ。
「……誕生日プレゼントに『シークレットブラネット』の新作買ってくれるんなら許すけど?」
「あら、あれいいわよね! 私も欲しいって思ってたとこなのよぉー! 買ってあげたら、時々でいいから貸してくれる? それなら買ったげるぅ!」
「なんか『誕生日プレゼント』のアイディンティティが失われつつあるように思えるのは、あたしがおかしいの?」
「真奈はどこもおかしくないわよぉ。……そうねぇ、誕生日は大切だものねぇ。彼も改心してくれるといいね」
 お母さんは冷蔵庫から大福の形をしたアイスを二人分取り出した。それはあたしたち母娘共通の好物。
「……まぁ、今日のところはこれでも食べて機嫌直しましょ」
「それもそうね。……アイツの事を思い出すだけでなんかムカムカしてきたし!」
 あたしたちは二人で、お父さんが返ってくる前のささやかなスイーツタイムを楽しんだ。……きっとお父さんはお母さんの体重が増えている事にも一切気づいていないに違いない。


 そして来た来た、誕生日。あたしは特に期待していない風を装って、彼に声をかける。いつもの待ち合わせ場所、賑やかな町の中心部で。
「待った?」
「いや、別に。つかよ、今日は真奈の誕生日だっただろ?」
「えっ? ……覚えててくれたの? ホントに?」
「俺が大事な真奈の誕生日を忘れるわけね―じゃんか! ほら!」
 そう言って、彼が手渡してきたのは、あたしの誕生花だった。でも花言葉なんか知らないけど。とにかくその花は全てがあたし好みで、香りも凄く良い。センス良くアレンジメントにしてあるのもかなり高ポイントだ。
「……意外。ちゃんと覚えててくれたんだ? 高くなかった?」
 すると彼は照れたように鼻の頭を掻いた。……あれ? 上手くいってるはずなのに、なぜかものすごく嫌な予感がする。この男が鼻を掻くのは、自分にとって都合の悪い事だと無意識に思っていることを話す時の癖なのだ。
「ああ全然。だってそれ、家に活けてあったヤツをババアに頼んで纏めさせたヤツだし、かかった金はゼロ円なんだわ。凄くね?」
 ――ああ、やっぱり、ダメだコイツ。
「……決めた」
 ――もうここまで来たら、矯正なんて不可能だ。
「は? 何を? ……言っとくけど、俺はまだ結婚とか――」
「別れよう!? あたしもう、アンタには付き合ってらんないわ! もうなんか、全部が無理!」
 思わずあたしは、この広い街のど真ん中で堂々と別れを切り出していた。……この後の事は、あたしの記憶には全く残っていない。
 ――前にも同じ失敗したくせに。
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