●● レンアイオムニバスーSideB --- 2、謝り過ぎです ●●
「ごめんなさい!!」
放課後の美術室に『彼』の謝罪がこだまする。これといって『彼』に非はないのに、すぐに謝る、頭を下げる。奥の美術部の部員たちはそんな『彼』――美術部の部長を、臆病で軟弱だと非難する。実際そうなのだから、フォローのしようもない。
――あたしは、そんな部長が好きなんだけどなぁ。
みんな見る目がない、そう『彼女』は思う。『彼女』は入部した時から、いや、その前の体験入部の時から、『彼』を好ましく思っている、記帳場美術部の一部員だった。
これはそんな『彼』と『彼女』の物語。
「今時の男って、ろくなのがいないよねー」
ランチタイム、教室ではクラスメイトたちが群れを作って弁当箱や市販のパンなどを食べている。『彼女』の唯一の友達――もしかしたら『彼女』が一方的にそう思いこんでいるだけなのかもしれないが――はそんな事から話を始めた。女子高生のランチタイムの話題など、大抵の場合は恋バナと相場が決まっている。
その例に漏れず、『彼女』の友達は話を進める。……最近になって彼氏が出来たと喜んでいる割には、彼女の表情は予想より明るくない。上手くいっていないのだろう。
「アイツもさぁ、最初だけは良かったのよ? イケメンで、優しいし、気が利くし、頭がいいし……」
「いや、それもう愚痴じゃなくてノロケだから」
そう『彼女』がツッコミを入れるまで、相手の方の彼女はしゃべりっぱなしだった。彼女がつき合い始めたのは、同級生の中では女子生徒の支持率を八十パーセントを超える、まさにモテ男。実際に『彼女』から見ても、その彼はイケメンだし、頭も悪くはなさそうで、高得点だ。
しかし、付き合い始めて一ヶ月くらいは多少の事には目をつぶれても、数ヶ月が過ぎる頃にはもう限界だと、彼と交際経験のある女子生徒たちは口を揃える。……その程度の男だ。
「とにかくさー、わたしももっとワンランク上を狙いたいワケよ! 解る、この気持ち?」
「気持ちっていうか、それはただの『欲望』って言わない?」
「いちいち細かいわね! 欲望でも何でもいいのよ! とにかく私は上を狙いたいの! 私の彼氏は誰よりも優れてないと、気が済まないの!」
今や絶滅危惧種かと思うほどに最近めっきり聞かなくなった『肉食系女子』という言葉を、彼女を見ていると思い出さずにはいられない。――なるほど、これが例の『肉食系』か。
「……って、聴いてんの? 私の話」
「あぁ、うん。……聞いてる聞いてる」
「あからさまな嘘はやめなさいよ。それまるっきり聞いてない時の態度じゃない」
「だって、あなたの話は男の事ばっかりじゃない。聞かされる側としては、もっと楽しくて共感できる話がいいの」
「あんたって、今時珍しい『草食系』?」
「いや、たぶん、それは違うんじゃない?」
自分でも否定する根拠は何一つ見つからないけれど。
「……あんたって、ホンット―に変わり者よね!」
「そりゃ、変わり者のAB型だからね」
こんな時ばかりは便利だと、自分の血液型に感謝する。多数の女子はAB型であれば、『変わり者』でもあっさり容認してくれるのだ。
そんなこんなで放課後になり、毎日着々と進めている文化祭の準備がここ最近の部活動の内容だった。中庭に大きなオブジェを置くのだと学校側からの提案で、美術部がそのオブジェの制作を引き受ける事になったのだ。不満を言う者もいるにはいるが、美術部の部員は元から美術が好きでここにいるわけで、彼らは完全にマイノリティ。大半の部員がオブジェ制作にはノリノリで、もう数日もあれば完成というところまで来ていた。
「もう一息だ! 一気に仕上げてしまおう!」
『彼』――部長は右手を大きく頭上に掲げた。それに呼応するように若い男女の「頑張ろう」コールが始まる。文化部なのにどこか体育会系のノリなのは一体なぜだろうか。
『彼女』はただ黙々と自分に与えられた仕事をこなしていた。これが終わればもう完成だ。……そんな時だった。モノが割れる音――どう考えてもオブジェが壊れる音、がしたのは。
やはりというか、予想を裏切らないというか、壊したのはやはり『彼』だった。心底すまなそうに首を垂れるが、ここまで一致団結して文化祭当日を一日一日確認しながら楽しみにしてきたのだ。彼らの文句を言いたくなる気持ちは十分に理解できるし納得もできる。
「せっかくもうすぐ完成だったのに……」
「部長が足引っ張るなよ!」
「あーあ、一気に白けた!」
他の部員たちは次々にやる気を失って、美術室から出ていく。残されたのは悲嘆にくれる『彼』と、冷めた表情の『彼女』のみ。
「……部長、手伝いますよ、修理」
「いや、どうせもう間に合わないよ……。君もゴメン! 一生懸命細かいところをやってくれてたのに」
「そんなところまで見えたんですか?」
「部長として当然だよ?」
……まったく。この男には敵わない。今時珍しい地味なしょうゆ顔の、決してイケてるとは言い難い顔に、細くもない腰。性格も優柔不断だったりするし。……それでも、好きなモノは好きだ。この気持ちだけはどうしようもない。
「……謝り過ぎです」
「え?」
「事故なんでしょ? だったらそこまで気にする事はないじゃないですか。第一、一体誰のおかげでこの美術部がまとまってると思ってんの、アイツら!」
ここぞとばかりに本音をぶちまける。「それは言い過ぎじゃ……」なんて『彼』の言葉も耳を素通りする。
「あたしは、部長のことが好きです。恋愛対象として。部長はあたしのことどう思っていますか?」
――あれ? 案外あたしも『肉食系』だったの?
『彼女』は自分に戸惑いつつも、『彼』の返事を待つ。放課後の美術室には、大きな窓から茜色の夕陽が差し込んでいる。これ以上の告白のロケーションはない。
『彼』は意を決して口を開く。
「僕は――」
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