●● レンアイオムニバスーSideG --- 3,自惚れないで ●●
一条はるかはクラス一番の人気者。彼女は男女ともに、誰とでも仲良くなれる。しかし、それが気に食わない男子が一人。――幼馴染の相田早馬だ。
中学生の時は黒髪を三つ編みに編んで、スカート丈は長くて、はるかは地味で目立たない女子だった。今の早馬と変わらないくらいに。それが今ではクラスの中心だ。
――気に食わない。
本日何度目かの心の呟きはため息に飲み込まれた。
はるかは実は気が強い。それは幼い頃から変わらない。
――『自惚れないで』。
幼い頃、結婚の約束を申し込んだ時に、はるかはそう言って断った。そんな言葉などどこで覚えてくるのか。
――『あたしはルビーのついた指輪をくれる人じゃなきゃイヤ!」
おませな事に宝石の事にも詳しかった。当時の早馬にはルビーが何を意味する言葉なのか、見当もつかなかった。
――あの頃はよかったな。
授業中、禿げ頭の国語教師を尻目に、窓の外を眺めながら当時の事を思い出す。窓の外は結婚を断られた時と同じように晴れ渡っている。
ふとはるかの方を見ると、彼女は前の席の女子と手紙を交換している。その笑顔は幼いあの日の面影を残していて、どこか懐かしさを感じさせる。遠目で見る分には、はるかは十分に可愛い。でも性格は可愛くない。
――やっぱり気に食わない。
次の日、はるかの下駄箱にラブレターが入っていたらしい。
「『放課後校舎裏で待ってます』、いや~これって告白じゃん!?」
「行っちゃいなよ~はるかぁ!」
女子たちは盛り上がっている。一部の男子もはるかの動向が気になるらしい。
――俺には関係ない。
そう思おうとした。しかし、授業は何一つ身に入らない。教師の言った言葉は、耳を左から右へ通り過ぎているようだ。
放課後になると、はるかはそわそわしだした。やはり手紙は気になっているらしい。そんな彼女に尋ねてみる。……無関心のつもりを装って。
「……行くのか?」
はるかに話しかけたのは高校に入ってから初めての事だ。当然彼女は驚いている。
「だったら何?」
強い語調で言われて、それ以上は何も言えない。
「いや……別に」
「じゃあ、あたし行くから!」
そう返して、とっとと教室を去るはるか。その後を追えない自分が、とても惨めに思えた。
「好きです、付き合ってください」
教室からは追えないでいたが、早馬も校舎裏にいた。
「自惚れないで」
はるかはあっさり断った。その事実にホッとする。フラれた男子生徒が去った後、早馬ははるかの前に出た。
「……いたの?」
「……ごめん」
幼い頃はあんなに対等に付き合ってくれたのに。今は強く出れなれない。どうしてここまで変わってしまったのだろう、自分たちの関係は。早馬は、言いたかった言葉を素直に口に出す。この機会だ、本音で彼女と話したかった。……たとえ彼女が、『約束』を忘れていたとしても。
「……ルビーの指輪を買ってやるから、俺と付き合ってくれないか?」
「……そう言ってくれるのをずっと待ってたのに」
「え?」
あの幼いあの頃、確かに彼女は、『自惚れないで』と言った。それはどういう意味だった?
「あの話の続きを覚えてないワケ?」
はるかはため息をついた。
「大きくなったら解らないって、『ルビーの指輪を買ってくれなくても、あたしはアンタが好き!』って、そう言ったのに!」
あの時の記憶は、どうやら早馬の中で少々変化していたらしい。大事にしていた『約束』。その記憶が、はっきりとしたイメージとなって、彼の中に蘇る。
「そうだった……」
「もうっ!」
怒った顔も、今見るととても可愛く見える。幼いあの日の、『約束』の続きが、今になって始まるのだ。
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