銃とロケット
17,脱落者
『だって好きになってしまったんだもの、仕様がないじゃない』
若き日の彼女は身体のラインが全体にほっそりしていた。脛のあたりなどは細すぎるくらいだった。それでも彼女を愛していた。彼女との生活ならどんな場所やどんな不十分な生活でも満ち足りたはず、だった。
美しき彼女はクライ病に倒れ、あっさり逝った。
男はそれから女性に興味を持たなくなった。元々の仕事であった病原体の研究に没頭した。その上のセクションでは、妻の死と関連のあるクライ病の研究者が足りないという報告が上がっていた。
もちろん、そんなチャンスを棒に振るほど男は愚かではなかった。
『是非わたくしめに。必ず成功させてみせますよ』
そう力強く言い切った日の事は忘れない。
あの日の覚悟も未練も、全てはこの日のためだった。
クリスティーヌの母親は荒れたスラム街で売春をしていた少女だった。当時の歳は覚えていない。とにかく妻の面影を追い求めていた。顔がそっくり、とはいえないものの、割と似ている方だった。
売春婦をしていた理由も研究のための資金を貯めるためだと言っていた。彼女の目指す道は彼と同じく医学の進歩のためだった。そこが気に入り、妻を亡くした三年後に再婚した。
相手は初婚だったが両親がおらず、孤児院出身だったため、彼の両親には反対された。それでも結婚したのは一重に、クライ病の被害を食い止めたいからだった。
二人は夫婦であると同時に同志だった。しかし事はそううまくは運ばない。
二人の子供は妊娠中の腹の中で大量の治療薬を浴びて育った。それが赤子にどんな作用を生み出すかなど度外視された。もしかしたら流産するかもしれないと医師から聞いた時のクリスティーヌの母親は半狂乱だった。
『この子を産みたいんです! この子ならクライ病を救う救世主になれるんです!』
彼女がこだわったのはあくまでもクリスティーヌではなく、救い主となる娘。逆にそうならない娘ならどうでもいいということだろう。
彼女はクリスティーヌが思い通りに育たなかったためか、それとも過労のためか、あっけなく死んだ。最後だけはクリスティーヌに優しい言葉をかけて。彼女は自分が可哀想で健気な女という演出に酔っていたのだろう。
それならばクリスティーヌの反抗的な目つきも納得できる。……私を怨んでいることも。
「……それが真実のすべてだ」
一発目をわざと外して壁に穴をあけた彼は、もう語り終えたとでもいうように黙り込んだ。春樹がマグナムを構えるのが一瞬遅れたが、このスピードの差なら問題はないだろう。
「……どうして黙ってるんだ? 娘が大事じゃないのかよ?」
「何度も言わせるな! 娘、が大事ではない。あの子の身体が大事なんだ!」
そわそわと隠れた二人を探す。彼女たちはすぐに見つかった。
「お話は済んだんですか?」
エリスが率先して話しかける。今この場では積極的に話をふれそうな人間がエリスしかいない。本当にこんな時は助かるとクリスティーヌが思っていると、彼女の父が突然拳銃を取り出して見せた。
「さて。ここは極秘の施設なんだよ。わが娘以外は消えてもらおうか」
春樹はマグナムを、クリスティーヌはべレッタを持っている。しかし、エリスは何も持っていない。
「エリス!」
叫んだ時にはもう遅かった。既に弾がエリスの身体を貫通していたのだから。
「……残り二人。クリスティーヌ、お前は我が研究の糧となるのだ」
鬼気迫る勢いで迫られて、クリスティーヌはどう反応すればいいのか解らなかった。ただエリスの笑顔をもう一度見たいと思った。
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