銃とロケット

16,無数の傷跡

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 身体に傷が出来るのは仕方がないことだ。腕っぷしで食っていく以上、文句など言ってはいられない。春樹はそう自分をだまして生きてきた。
 身体に傷が出来るのは仕方がないことだ。クリスティーヌはそう納得しようとしても納得できなかった。肩や背中、腹のあたりもミミズ腫れのようになってしまった。結婚には致命的な欠陥だ。
 それでも自分を育ててくれるのはIOHしかなかった。だから言う事は徹底して聞いた。
 いつの間にか二人の身体には無数の傷跡が出来上がっていた。


「クリスティーヌと名付けたのか。あの女らしい。どれ、顔を見せなさい」
 白衣をまとった肥満体の男――クリスティーヌの父親――は彼女の顎を持ち上げた。身長は小さく、身体つきは太い。
 実父といえども嫌悪感があるらしく、クリスティーヌは眉をひそめる。そしていかにも偶然というように彼女の胸元のロケットに気がついた。
「……これは、あの女の形見か? お前が捨てられたことは聞いていたが、どこかで拾われたという話を聞いてな」
 クリスティーヌの父は一呼吸置いた。
「それなら役に立つ時まで育ててもらえれば、こちらとしてもコストの削減が出来るわけだし……」
「てめえ!」
 踏みとどまる、なんてことは春樹にはできなかった。調べ上げた情報には、クリスはクライ病にかかった患者に血清として血を与えたり、臓器を交換するということだった。
 そんなものは医療ではないし、管轄外だけども倫理的にクリアできないはずだ。それなのにこのイカレた男はそれを皮切りに新しいビジネスとして着工しようとしている。
 そんなことはさせない。クリスの心からの笑顔とストレートな好意を持たれるまでは彼女のために尽くしたい。
 ――こんな俺がこんなことを思うなんて、皮肉だな。
 らしくもなく熱っぽくなる自分を春樹は笑いつつも誇らしい気持ちだった。とりあえずクリスとエリスは別の部屋へと移させてもらった。
 こんな狂った男が相手では何が起こるか解ったものではない。そして、目の前の男に向かて言い放つ。
「クリスちゃんはお前の道具じゃない! 一人の意思を持った一人の人間だ!」
 ここで男は残念そうな顔をする。
「……残念だ。君の身体の全組織も末期のクライ病患者には効果覿面なのにな」
 そう言って男は小ぶりの国産拳銃を構えた。
「お前……っ!クリスだけじゃ足りないってのかよ!?」
 銃声が鳴る。


「女の子の前だからって格好をつけているのよ。可愛いじゃない?」
 エリスがにっこりと微笑む。所長室には予備の白衣と薬瓶しかない。
「……ねぇエリス。私の血と臓器がそのままワクチンになるんでしょ? ……私、別にそれでもかまわないわ」
 クリスティーヌの投げやりな態度に、エリスは軽く頬を叩く。
「何を言ってるの? クリスがいない生活なんて幻だわ」
 エリスは憐れむような目でクリスティーヌを見たが、そこには何の感情もなかった。無数の傷跡が無性に痛む気がした。
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