銃とロケット
12,戦う理由
赤星渡の人生はよくある失敗に満ちていた。
赤子の頃には言葉を覚えるのに苦労し、両親の期待を裏切った。
幼稚園に通う頃には周りの子供と衝突した。
小学校に通う頃には頭の悪さが嫌というほど思い知らされた。
中学校に通う頃には運動神経の悪さがはっきりし、高校に通う頃には不良行動が問題になった。
渡の兄の満はその逆だった。
赤子の頃にはあっさり言葉を覚え、周りの大人たちを喜ばせた。
幼稚園に通う頃には周りの子供たちとの調和に努めた。
小学校に通う頃には頭の出来の違いを周囲の子供に思い知らせた。
中学校に通う頃には運動神経の良さを存分に発揮し、高校に通う頃には品行方正な事で有名になった。
全くもって正反対な兄弟だった。
とりわけ仲が悪いわけでも良いわけでもなかった。よくいる兄と弟でよくいる弟と兄だった。しかし両親は兄には期待をしたが、弟には全く期待しなかった。
事の始まりは四年前だった。
「行ってらっしゃい、兄さん」
「行ってってくるよ、渡」
それが毎朝必ず交わされる兄弟の会話だった。
渡は高校に上がってからは素行が悪く、休みがちだった。
生徒会長でもあった満は対照的に教師の信頼を得ていた。それが両親にとって誇りだった。
渡はそんな兄を見るたびに悪の道へと走った。モデルガンを改造して実際にBB弾を飛ばせるようにしたり、エアガンで鳥を撃ち落したり。始まりはそんなところだった。
両親は出来の悪い弟になど興味を持たなかったから、そこはかえって渡にとって都合がよかった。
「お前はそんな事ばかりしてるな」
興味を持たれたのは忘れもしない、十二月十七日の事だった。兄が朝の挨拶以外で話しかけてくるなどこれまでなかったから、なおさら覚えていた。
決して仲が悪かったわけではない。
ただ単に互いに関心がなかっただけだ。
兄の満はモデルガンを改造する渡の手元を感心したように見つめていた。
「そんなに面白いのか?俺にもやらせてくれないか?」
いつもは勉強をしている彼が、その日に限ってなぜ絡んでくるのか。それを訊かなかったことは今でも後悔している。
「別にいいけど……。でもいいの? こんなことしてるって二人にバレたら怒られるんじゃないの?」
両親の事などどうでもいいはずだったのに、その時に口を突いて出たのはそんな言葉だった。
「いいんだよ。俺は結果を出してるから文句を言われる筋合いはない」
劣等生の渡には嫌味に聞こえるだろうとは考えなかったに違いない。渡も渡でそんな事には気づかなかった。
「そんな事より、どうやるんだ? 教えてくれよ」
思えば兄弟らしかったのはこの時だけだった。
「ここは弾を出すところだから……」
渡が拙いながらも説明すると、満はすぐに理解した。手先も器用な人だったからすぐにコツをつかんだ。
「できた! ……なぁ、これってどこかで試し打ちとか出来ないのか?」
楽しそうな顔をした兄など、この時に初めて見た。こんな事で喜ぶところは違いすぎていても兄弟だと思った。
「じゃあ来週。一週間後にでも試し打ちに行こうよ! ちょうど休みだし、仲間と横浜のいい場所を貸切にして試す予定なんだ!」
渡の言う仲間とは、インタ―ネットのアングラ系サイトで知り合った若者たちの事だ。満はその事など知らないはずだが、あっさり頷いた。
「一週間後か。ちょうどクリスマスイブだな」
毎年のクリスマスイブには母親が満の好物を大量に作る日だった。それを蹴ってでも、満は自分の改造したモデルガンを試したかったのだ。
この兄弟は見た目も対照的だった。
部屋に籠りきりで色白でガリガリの渡とは違い、満は程よく筋肉のついたバランスのいい体格。顔立ちも兄は男だということが一目で解る少し老け顔だったのに対し、弟は一見すると少女にしか見えなかった。
その事には今でもコンプレックスを抱いている。
十二月二十四日がやってきて、兄弟は横浜で思う存分に試し打ちをした。
渡の仲間は満を見るなり仲間が増えたと喜んだ。その事にはちくりと胸が痛んだ気がしたが、渡は気のせいだと思った。
試し打ちは白熱して、いつの間にか基地へ迷い込んでいた。その時は外国人のものだと思っていたのだがどうやら違うらしい。そう気づいた時にはもう遅かった。
「兄さん!」
満はいきなり見知らぬ男に撃たれた。
相手が手にしているのが実銃だと気づいたのはずっと後の事だ。その時は出血の止まらない兄を支えるので精いっぱいだったからだ。
「……え?」
それが満の発した最期の言葉になった。
いくら未成年が遊びで迷い込んだとはいえ、ここは機密でいっぱいだ。それが男の発砲した理由だと後に聞いた。普通ならそんな言葉で納得できるものではない。
両親は当然そう突っかかったが、相手は国家の回し者。それで納得するようにとしか言わなかった。
渡は葬儀の時に初めて兄の事を好いていたと気がついた。それでも涙は流れなかった。
――自分は冷たい人間なのだろうか?
それが渡の疑問だった。その答えが知りたくて、自分から進んで兄を撃った機関――日本平和維持機関に入った。
仇の名も調べた。本宮春樹、十九歳。
彼に会って兄の話をして、殺す。
それが渡の目的となり、戦う理由となった。
今は関西支部だがいつかは彼のいる地方支部に乗り込みたいと思う。それまでは横浜にある兄の墓参りを週に一回行うつもりだ。
その本宮春樹が定期転勤で東京支部にいる。これは運命の巡り会わせに違いない。渡の心が弾む。
――やっと会える。
現在東京にはクリスティーヌ、春樹、エリスがいる。運命の渦は彼らを飲み込もうとしている。
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