銃とロケット
11,胸の内の覚悟
あの写真の男について調べているうちに、春樹はある結論に達した。
「……何てことだ」
知らなければよかった、こんな事。
――クリスが、まさかこんな……。
吐き気が襲ってくる。こんな事はあってはならない、異常だ。
「狂ってる……」
写真の男の考えた事には、そうとしか言えない。
――自分の娘に、なんということを。
資料を調べれば調べるだけ、クリスにどこまで伝えればいいのか迷いが生じる。それでも約束は約束だ。
クリスに惹かれる理由もはっきりした。
もう一度だけでも彼女に会わなければならない。
――時が来るまで黙っているしかない。
その胸の内の覚悟は春樹を蝕んでいく。
やっと日本平和維持機関東京支部前に着いた。
「覚悟は出来た?」
無邪気な声でエリスが尋ねる。
「何の覚悟?」
クリスティーヌが質問を質問で返す。
エリスは嫌な笑みを浮かべる。
「そうよねぇ。あのクリスが男の子の事を……」
「やめてよ!」
意味深なその笑いには年上の余裕が感じられて、からかわれていると知りつつもムッとする。確かに幼かった自分を育ててくれたのはエリスと言っていい。育て親と年上の友人というエリスとの関係は他の人間が考える以上に複雑なのだ。
「ごめんなさいね。クリスに親しい人が出来たと思うと嬉しさと嫉妬が半々で……」
それは偽らざる本音なのだろう。それだけ心配をかけていたのかと思うと申し訳なくなる。
「こちらこそごめんなさい。エリスにはいつも助けてもらってるのに」
少し前までからかわれていた事も忘れてクリスティーヌは素直に謝る。仕事中はつい乱暴な言葉になってしまうものの、エリスの前でだけは素直でいたい。
「……顔、赤いわよ」
つかの間の沈黙もあっさりエリスによって破られる。
「……雰囲気ぶち壊しじゃない」
そう返した時にはいつもの調子に戻っていた。
「よし、それじゃ行きますか。アポも取ってあるわよ」
流石はエリス、抜かりがない。この調子ならこれからも安心だ。
「春樹、いるよな!」
春樹が資料室に籠って一週間は過ぎた。すっかり徹夜が習慣になってしまった春樹は、昼間の呼びかけに鈍くなっていた。
「……まだ真昼だろ? いるに決まってる」
手にしていた資料から目を離さずにそう答える。頭がガンガンする。コーヒーを飲みすぎたかと冴えわたる頭をさする。
「来客だ。別嬪さんな外国のおねーさんと二十歳くらいの若い子だ。羨ましーなこの!」
「二十歳? まさか……」
春樹は素早く椅子から立ち上がると相手に尋ねる。
「名前は? クリスっていう子か?」
相手は驚きながらも頷いた。
「お前がそんなに必死なんてな。見事な金髪碧眼の、クリスティーヌって名前だったぞ」
間違いない、あのクリスだ。
こんなに早く再会する日が来るとは思っていなかった。もちろん嬉しくないはずがない。しかし、IOHはそれほど自由な機関だっただろうか。
確かかなり厳しい規律があったように思う。 急いで廊下を走り抜け、客間に着くと、そこには少し頬のこけたクリスの姿があった。
隣の女性がにっこり笑った。
「はじめまして。貴方がハルキ君?」
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