銃とロケット
9,それだけを信じてた
信じること。それはクリスティーヌには難しいこと。
幼い頃に母を失った事で、心から信じることに臆病になっている。
このままではいけないと思うけれども、変わるきっかけをつかめないでいる。エリス一人を信じていけばそれでいいのかもしれない。
けれど、あの時出会ったあの日本人――春樹には不思議な魅力があった。本能的に惹かれる、この感覚はなんなのだろう。
飛行機はもうすぐ日本に着く。
春樹の所属する組織はこの業界では割と有名だったらしい。エリスが持ってきたパソコンにはそこのデータが入っていた。
「春樹、探してるデータってこれか?」
比較的歳の近い同僚が書類の束をデスクに置いた。その量は膨大で、どこから手をつけたらいいのかさっぱり見当がつかない。速読を駆使しても相当な時間がかかるだろう。
なぜこの時代に紙のデータなど残したのだろう。これがディスクだったらどれだけ楽か。春樹は頭を抱えたくなった。
「……サンキュ。それとコーヒー淹れてくれないか?」
「そっか、お前何日も寝てないそうだしな」
彼の言う通り春樹はここ数日間、この広い資料室に籠りっきりだった。
あの時出会ったクリスという名の好みの女性。よくある名だろうが、きっと偽名ではないと思う。あの澄んだ目を見れば解る。
春樹は女性からは割と評判がよく幼い頃からモテた。告白はされても、した事はなかった。そんな春樹が初めて自分から好きになったのがクリスだった。外見は好みの美人だが性格は合わなそうな気がする。
それでも惹かれるのはなぜなのだろう。
彼女にした約束――写真の男を探す事――を果たそうと必死になる自分はおかしい。
別に反故にしてもいい約束だ。所詮口約束だし、仲間というワケでもない。ただの個人的な口約束。
「……らしくないな」
春樹は資料室を出て、喫煙室に入る。今や嫌煙家が多いこの職場では、喫煙本数が少なくとも愛煙家は嫌われる。
――クリスの前では吸わなかったっけ。
ハワイアンブルーという名のマイナーな煙草を咥えると、春樹はそっと煙を吐き出した。
「また会える、それだけを信じてるよ」
短時間しかあったことのない相手。それなのにまた会いたくてたまらない。
この衝動はなんなのだろう。
ふと持ち出してきた資料に視線を落とす。
「……なんだって」
そこには少し若いクリスのロケットに入っていた写真の男が小さく映っていた。資料には『クライ病関連』としか書いていない。
「クライ病?」
日本では全く聞いたことのない名前だがこれは何か彼女に関係があるのだろうか。資料にはインタビュー記事が載っており、写真の男の語った事に衝撃を受けた。
「『クライ病には私の作った試作品が効く。それだけを信じてたんです』。試作品だと?」
『試作品』――その言葉に何か大きな引っ掛かりを感じた。
春樹は乱暴に煙草の火を消すと、残りの資料を読むために部屋に戻った。
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