銃とロケット

8,約束、したのに

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 あれから、クリスという名の彼女と別れてから、何日が過ぎたのだろう。
 春樹は目的のものを見つけられずにいた。
「……この辺りだと思うんだがな」
 資料室の本棚を片っ端から当たっているが、目的のものは見つからない。
 ――あの時、クリスちゃんが探しているといった男。
 ロケットの中に入っていた写真の人物は、確かにこの目で見たことがある、はずだった。
 ――クリスちゃんは二十歳だって言ってたっけ。
 春樹が育ったのはこの組織の中で、教育もここで受けた。特に徹底して鍛えられたのは外国語だった。スパイまがいのことも辞さないこの組織の中ではそれは欠かすことの出来ないモノだった。
 確かに何かの海外の書類で見たことがあったはずの顔を、春樹は今一生懸命になって探している。
 ――約束したのに、『解らない』なんて言えないだろ?
 いつの間にか習得していた速読という特技を生かし、猛スピードで大量の書類に目を通す。それでもまだ、目当てのものは見つからない。
 ――二十年、きっとそこに何かあるはずだ。
 その確信は全く揺らがない。


「待ってください!責任は私が取ります!」
 慌てて部屋に飛び込んできたのはエリスだった。彼女は大量の書類を抱えて、息を乱している。
「……責任を取るだと? ジョーンズは我が組織でも君に次いでの頭脳を持っていたんだぞ?」
 エリスの直属の上司が口調を荒げる。この場にいる他の男たちもそれに倣う。
「こんな小娘一人のために彼が犠牲になるなど許されない!」
「所詮は君の拾いものだな。幼い頃から面倒を見てやったというのにこの様とは」
 口々に出てくる非難の言葉にも、クリスティーヌは返す言葉がない。しかしエリスは何かを決意した様子で、口を開くタイミングを計っているようだ。
「……それとも何か? 彼の代わりになるとでもいうのかね?この腕っぷしだけが取り柄の小娘が」
「ですから、責任を取ってクリス共々ここを辞めます。もちろん、外部に情報を漏らしたりしません!」
 エリスが言うことが理解できない。
 彼女にとってここは仕事先であり、生きがいのはずだ。研究者としてのエリスの才能を唯一認めてくれた場所なのだと言っていた。
 それほど大事な場所を……辞める?
「駄目よエリス! ここは貴女の大事な――」
「もういいのよ」
 エリスはきっぱりと言った。未練も執着も、全てをなくしたようだった。
「私にとってはクリスの方がずっと大事だもの」
 エリスはクリスティーヌの顔をゆっくりと眺める。その言葉には慈愛が溢れていた。
「待ちなさい。それじゃあ誰が君の代わりを務めるというのだ?ジョーンズに続いて君まで辞めるだと?正気か?」
 上司が唾を飛ばしながら脂ぎった顔でエリスを睨む。
「私は後輩の育成にも手を抜いた覚えはありません。セカンドたちを使えばいいでしょう」
 セカンドとは次世代の技術者の卵を差す言葉だ。昔、クリスティーヌを拾った時のエリスも元はセカンドだった。彼らは頭脳面の成長に応じて自分の名が返ってくる仕組みだ。
「しかしだな――」
 それでも相手は納得しない。
 彼らが必要としているのはエリスであり、彼女の頭脳だった。何でもないことの様に、エリスは胸元から鈍く光るものを取り出した。
「何?!」
 男たちが驚愕に目を見開く。それは紛れもなく、クリスティーヌの相棒、ベレッタだった。
「私は使ったことがないからどこに当たるか解らないわよ!」
 エリスは銃を構えるとクリスティーヌを抱えて部屋を飛び出した。


「……いいの? IOHを飛び出しちゃって?」
 あの日エリスに見送られた空港で、クリスティーヌは遠慮がちに尋ねた。
「いいのよ。やりたかったことはやり終えた後だし、仕事もハードになっていくばかりだったし」
 空港のガラス張りの窓から空を眺めながら、エリスはすっきりしたように伸びをする。
「それに、クリスの方が大事だしね」
 これが言いたかったとばかりに、エリスは少し得意げだ。
 勢いで飛び出してしまって、これからどうするかはまだ決めていない。
「……日本に行こうと思うの」
 いきなり出たエリスの言葉にクリスティーヌは戸惑うしかなかった。
「え?」
 やっとの事で反応するとエリスは不満そうな顔をした。
「前に出会ったっていうハルキ? 君に会ってみたいの」
 突然の事で春樹のことが思い出せなかった。確かに春樹の事は話していた。エリスはいつの間にか興味を持っていたらしい。
「ね? 日本に行きましょ」
 いつもは周りに振り回されないエリスも、いざ自主的に行動するとなるとアクティブなたちの様だ。
「わかった」
 別に反対する理由もないので、クリスティーヌも日本行きを決めた。
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