銃とロケット

6,落ちない赤色

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 エリスが給湯室でコーヒーを淹れていると、ガラスの割れる音がした。
 銃声はない。
 呑気なところのあるエリスだが、護身術の一つや二つは叩き込まれている。そうでなければここで働くなど無理だ。彼女はコーヒーを置き去りにして、研究室へと急ぐ。
「クリス、ジョーンズ!」
 エリスは淹れたてのコーヒーをカップに注いだまま駆け出した。放置されたカップからは白い湯気がゆらゆらと上がっていた。


 研究室に戻って、最初にエリスが見たものは、立ちすくむクリスティーヌと血まみれで倒れるジョーンズの姿だった。
 ジョーンズは心臓付近を至近距離で撃たれたらしく、今でも勢いよく血があふれ出してくる。
 クリスティーヌの持っている銃には何か装置がついている。銃の事には詳しくはないがサイレンサーというやつだろう。そのクリスティーヌの首筋にも赤い点がついている。鋭い刃物で突かれたような一センチほどの丸い穴が。
「……いっ、一体何があったの? ……クリス? 貴女は無事でしょ? 何か言って!」
 促されてクリスティーヌはゆっくりとエリスに向き合った。その瞳には光がなく、空洞のようだ。
 返事もない。
「……」
 でも、生きている。
 しかしジョーンズは即死だろう。心臓からあふれ出てくる血はリノリウムの床を赤く染めていく。……いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。
「救護室に行くわよクリス。まずあなたの手当てだわ」
 エリスは腕力があるわけではないが、クリスティーヌは軽々と引きずられて行った。


 ドクターの元に連れて行っても様子は一向に改善しない。
 とりあえず首の止血はしたが、クリスティーヌは一言もしゃべらない。
「彼女は普段からこうなんですか?」
 肩をすかしながらやる気のなさそうな医師がだるそうに言う。その態度にエリスは些かムッとしたが、ここでやりあっていてもらちが明かない。
「確かにものぐさなところもあったとは思いますよ。でも私にはいつも笑顔を見せてくれて……」
 それだけショックな出来事が席を外している間に会ったのだろうか。
 ジョーンズは話し上手で人気者だった。彼が話しかけると老若男女とわず笑顔があふれたものだ。このドクターもクリスティーヌではなくジョーンズに生きていて欲しかったとしか思えない。
「……もう、いいです」
 クリスティーヌとジョーンズの事が頭の中をぐるぐる回っている。記憶の中のクリスティーヌ、小さい子、生意気な子、クールな子。どのクリスも大好きなのだ。
 そんな彼女をこれ以上この医者の傍には置きたくない。
「行きましょう、クリス。こんなヤブ医者には用はないわ!」
 エリスは喧嘩腰にそう言うと、未だぼんやりしているクリスティーヌを連れて部屋を出た。


 あの医者はクリスティーヌの首に厚手の包帯を巻いてくれた。替えも勝手に失敬してきた。
 あれから三時間たってもクリスティーヌは何も言わない。
「あ、血が滲んできてる。そろそろ包帯取り換えなきゃ」
 エリスは爆発してしまった自分を恥じるかのように献身的に包帯を変える。
 クリスティーヌは何を言えばいいのか解らない。あの後、何があったのかが本当に解らないのだ。確かにベレッタを取り出したところまでは記憶にある。
 ……けれどそれ以上は――。
「……無理しなくていいからね」
 クリスティーヌの心を見透かしたようにエリスが微笑んだ。
「私は貴女があんな事したなんて信じてない。きっと何か理由があるのよ」
 エリスの優しい声に、クリスティーヌの心は少しだけ心が楽になった。
 でも包帯に染み付く赤色は簡単には消えてくれない。初めて人を殺した実感は、その赤色と共に落ちないのだった。
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