銃とロケット
4,諜報行為
「調子はどうだ?」
森の茂みから戻ってきたクリスティーヌに春樹が声をかける。まだ胃がむかむかする。けれど弱音を吐いてはいられない。ここからが仕事だ。
「二人、そこに転がしてある。着替えるぞ」
兵士を二人倒した春樹は何でもなさそうに言った。どれだけの労力がいる仕事なのか、見当も今のクリスティーヌにはつかない。それだけ混乱している。
「……」
倒れているのは筋肉質の男女。相当鍛えられていると見える。殺さずに当身を食らわせただけで倒せるとは春樹は凄い男なのかもしれない。
「敵対しなくてよかった」
やっとやや調子の戻ってきたクリスティーヌは着替えながら呟いた。
着替え終わり、兵士の持っていた書類に目を通す。女の名前と持っている情報を叩き込む。彼女の名は『ソフィア・レネゲイド』、身分はそれなりに高いようだが、所属が違うのではっきりとは解らない。とりあえず高圧的に振る舞えばいいだろう。準備は完璧だ、とクリスティーヌは思う。
春樹も素早く準備を終えて待っている。
「行こう」
キャンプに着くと身元を尋ねられた。クリスティーヌが口を開く前に春樹が先に言う。
「俺はハイド・クライシス。彼女はソフィア・レネゲイド。俺の秘書で、相棒だ」
ただそれだけで、身分証に新しく自分の写真をすり替えたものを見せただけで、相手の兵士は頭を下げ、通るよう促した。 結果として春樹のおかげですんなり通れた。
「さあて、情報を探すとするか」
このテントの中には二人以外誰もいない。諜報行為にはもってこいだ。
テントの中にはノートパソコンが無防備に置いてある。他の機器はなく、そのノートパソコンが一台きりだ。こんなに無防備でいいのかとも思うが、敵のことを心配するような余裕などなかった。
「こいつは好都合だな」
「えぇ」
クリスティーヌはCD-RをパソコンのCDドライブに挿入した。これはIOHのスパイウエアで、必要な情報をコピーできる。今回の任務に必要だと支給されているものだ。
「便利なもん持ってんじゃないか」
春樹が感心したように言う。
「俺の国じゃあまだこんなもんはない」
「ふぅん。でも小さな国ならしょうがないんじゃないかしら?」
コピーするのには時間がかかる。パソコンのガリガリという書き込み音を聞きながらクリスティーヌは春樹に疑問をぶつける。
「なんで私と組んだの? あなたくらいのエージェントなら一人の方が身軽だと思うけど」
春樹は少し考え込んだ。それはまるで自分自身への問の様でもあった。やがて彼は迷うように口を開く。
「それは……クリスが好みのタイプだからかな。俺のモットーはカワイコちゃんには優しく、だから」
おそらくはそれは本当のことではないのだろう。だが、そんな惚気のようなものを臆面もなく言い放つ春樹の言葉にこちらが恥ずかしくなる。折角実力がありそうなのにもったいない。
「おっと、書き込みが終わったようだ。お喋りはここまでだな」
CD-Rがトレイに乗って飛び出してきた。クリスティーヌはCD-Rをケースにしまうと、カバンに入れた。春樹は特に何もしていない。
「春樹は情報はいらないの?」
「俺も気まぐれなたちでな。あんたみたいなカワイコちゃんは放っておけなかったんだよ」
本当に特に用はなかったらしい。……ヘンな奴だとクリスティーヌはやはり思う。口には出さない、せっかくの無害な好意を無にする気はない。
「妹がいるんだ。そいつを見てるみたいでな」
その後のキャンプからの帰り道、春樹とは口を利かなかった。
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