銃とロケット

3,鼓膜を震わす悲鳴

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「いやーぐーぜんぐーぜん! あのカワイコちゃんがIOHの戦士だとは思わなかった!」
 再会した彼は笑顔を見せた。
「なぜお前がこんなところにいる?」
 ベレッタは下ろさずに、詰問する。相手は降参とばかりに両手を上げる。
「答えは簡単。俺もあの男に用があるんだよ」
 気さくな声であっさり答えた。この男もどこかの所属だろうに、やけに調子が軽い。
「そんなに口が軽くていいの? 守秘義務は?」
「質問ばっかりだな。そんな事よりカワイコちゃんの名前教えてよ?」
 銃には全く怯まず、相変わらずの軽口を叩く。……この手の男は苦手だ。少なくともクリスティーヌの身近にはいなかったタイプ。
「……クリス。よくある名前よ。あなたは?」
「クリスちゃんね。俺は自己紹介したじゃん。本宮春樹。日本人だよ」
 いい加減に頭に突き付けられるのが嫌になったのか、彼はクリスティーヌの小さな手に触れた。無理矢理銃を下ろさせられた。
「協定結ぼうよ。IOHなら俺らの敵じゃない。日本平和維持機関って聞いたことない?」
「聞いたことがない。私の母国では日本はそれほど知られていないから」
 そもそも日本なんて国は平和なだけな国だとしか知らない。それが裏ではこんな男が働いているとは。よほど人材不足なのかと少し日本が心配になった。
「で、どうなの? お互い損はないと思うんだよね」
 どうしても協定とやらを結びたいらしい。
「私の邪魔はしないでよ」
 そう言い放っと、春樹はにっと笑った。
「解ってるって」


 前もって得ていた情報では、五円ハゲの男は雇われの傭兵だそうだ。
 卒業試験をパスしたとはいえ、クリスティーヌはまだ手を汚したことがない。先程春樹に銃を向けた時はあくまで威嚇だと自分に言い聞かせていた。いざ本番で失敗してしまう危険性は十分にある。
 やがて男は森に入っていった。街中から約五キロの郊外の、黒々とした緑が茂る場所だ。
「この先に奴らの駐屯地でもあるのか?」
 春樹は声を潜めて訊いてきた。資料には確かにそう書いてあった。だがその資料も少々情報が古い。この地はまだ未開発な部分が多く、あまり重要視されなかったことがその一因だ。
「どうなんだ?」
「……解らない。けどつける価値はあると思う」
 春樹は真剣だ。てっきりただのお調子者だと思っていたがこの一面には戸惑う。あのナンパもただの一面なのだろう。
「クリスちゃんがそう言うなら」
 隠れながら尾行を続けている。時計を見たらもう三時間も経っていた。男はどんどん森の奥へと進んでいく。その後をつける集中力も、限界が近かった。うっかりしゃがんだ拍子に春樹の腰に目が行く。そこにはマグナムが装備されている。授業では威力がありすぎて初心者には向かないと聞いた。それを装備しているという事は腕が立つのだろう。
「どうした? そんなにじろじろ見て。……俺に惚れた?」
「馬鹿」
 そんな事を言わなければいいのに。せっかく感心したのに台無しだ。


 やがて男は設置されたキャンプに入っていった。テントが五、六十設置されている。
「ここが奴らの……」
 春樹は腰に手をやった。彼の銃がそこに下がっている。
 そして二人でテント群を眺めていると、か細い女性の悲鳴が聞こえた。高いソプラノの声だ。
「いや……やめて!」
 最初は何だか解らなかったが、段々声が大きくなってくる。苦痛に耐えるような、悲痛な声。
「……何?」
 クリスティーヌは目を見張った。テントを望遠鏡で覗き込んでみると、同い年くらいの若い女性が刃物を突き付けられている。既に何か所か刺された跡がある。彼女を取り囲む男たちは、歪んだ愉悦に口をだらしなく開けている。
「いいぞ! もっとやれ!」
「次は眼だ!」
 細かった悲鳴はやがて鼓膜を震わす悲鳴に変わった。


 その女性を助けようと飛び出そうとするクリスティーヌの腕を春樹が掴んだ。その力はとても強く、クリスティーヌの力では振りほどけない。
「どうして……?」
 悲鳴は女性のものだ。だったら一刻も早く助け出すべきではないのか。
「……諦めろ」
 春樹の顔はしかめられている。
 また、悲鳴が聞こえる。
「いやあぁ……! お願い、許して!」
 女性の甲高い声がキャンプ内に響く。彼女の悲鳴は、きっと街中には聞こえない、誰も助けにこない。……絶体絶命だ。
「これでもほっとけっていうの?」
 クリスティーヌが主張するも、春樹は表情を変えない。ただそのまま、腕をつかむ手に力を込めた。
「……解った。もういい。私が彼女を助ける!」
 そう宣言してクリスティーヌは飛び出そうとした。
「……もう遅い。見ろ」
 既に女性は腕をだらりと垂らしている。その身体のあちこちには、醜い傷跡が無数に刻まれている。彼女が抗い続けた証、生きていた証拠。それらは無情にもあっさりと敵の戦士によって奪われてしまった。
 名も知らぬ彼女の骸はもう用済みだとばかりにキャンプの外に打ち捨てられた。
 せめて地中に埋めてやろうとクリスティーヌは彼女の遺骸の傍に駆け寄る。
「……っつ!」
 クリスティーヌは手で口元を覆った。覚悟は出来ている、それでこの道を選んだ、はずだった。それでも吐瀉物が喉を通るのを感じた。
 痛ましい若い女性の遺体を一瞥して、春樹はクリスティーヌの背をさすった。彼に出来るのはそんなことだけだった。
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