銃とロケット
2,敵、それとも味方?
戦士と認められたクリスティーヌは、さっそく任務を言い渡された。その内容は『機関』の中でも極秘中の極秘として隠匿されている。
空港までクリスティーヌを見送りに来たエリスは別れを惜しんだ。何が悲しくて母親同然に娘のように育ててきたクリスティーヌと別れねばならないのか。その感情を何よりも眼が語っていた。
「本当に行っちゃうの?戻れないのよ?」
エリスは懸命に引き止めるが、クリスティーヌは聞かない。まるで反抗期の娘が母親に反発するかのようでもあった。しかしエリスはクリスティーヌの母親ではない。
「育ててくれたのは感謝してる、本当に。でも行かなくちゃ」
二つの目的を果たすために。たとえそれで命を落としたとしても。母の死の真相を明らかにし、自分たち母娘を捨てた理由を訊くために。
「……そう。身体には気を付けて。連絡するのよ」
二人ともそれは出来るかどうか解らない。けれどクリスティーヌは心配性のエリスを納得させるために頷く。嘘ではなかった。実際にそうするつもりなのだから。
そろそろ時間だ。
腕時計に眼を落とし、二人の内どちらかは顔を上げた。
「君、可愛いね。名前は?」
飛行機の中で隣に座った男が馴れ馴れしく訊いてくる。これまでの簡単な任務上、しつこいナンパに離れているが、こいつはしつこい。無言で睨むと降参と手を挙げた。
「冷たいね。せっかく可愛いのに。どんな声してんの? 聞かせてよ」
この手の男は相手をしてやるとつけあがる。無視に限ると視線を窓の外に向けた。飛行機の外には一面の青空が広がり、その合間に雲が見える。目的地まで数時間のフライトだ。本でも読んで時間をつぶそうかと文庫本を取り出す。
途端に、つまらなそうな声を上げる男。
「ちぇー」
東洋人だろうか。クリスティーヌの肌は青白いが、彼の肌は黄色い。使用している言語は主に英語だが不自由しない。父はどこの男だったのだろう。急に気になってきた。
「俺は日本人。でも英語も完璧だろ? ガキの頃から使っててさ」
自分語りに発展した。相手をしてやる気はないが、話くらいなら聞いてやってもいい。
「親父は日本の典型的な頑固親父で、俺もお袋も苦労したんだよな」
日本人というのはこんなにおしゃべりだっただろうか。
確かシャイな人種だと聞いている。だが、この男は図太そうだ。彼の話は身の上話にまで発展した。最初こそうるさいと思ってはいたが、ずっと話を聞いているといい暇つぶしになった。
荷物は最小限にするため新書は持ってこなかったので、その点は少し感謝だ。
「話聞いてくれてありがとね! 俺は本宮春樹。どこかでまた会ったら、その時はデートしようぜ」
最後までマイペースな男だ。
クリスティーヌは空港から出るとこの国にある機関の施設に急いだ。
待ち合わせ時刻から三十分遅刻して若い女性が来た。
「御免なさい。今日は仕事が立て込んでいて遅くなってしまったわ」
「いえ。大丈夫です」
時間には正確という基本を守らないこの国のルーズさには呆れるが、仕事なら仕方がない。そんな感情が顔に出たのか、相手の女性は少々気を悪くしたようだが、そこはプロだ。ちゃんと節度というものを弁えている。
「では早速、任務を説明します。貴女には潜入しての諜報活動をしていただきます」
それは演習で何度かやった。だが、かなり苦手な分野だ。聞き上手でも話し上手でもないクリスティーヌにとってはそれは厳しい任務。しかしただの一戦士が拒否など出来るはずもない。
ただの殲滅なら得意とするところなのに。それでも、「無理」とは言えない。
「銃は持っていますね?」
「はい」
ベレッタ92Fは上着の下に仕込んである。弾倉は太ももに準備している。動きにくいのが難点だが、安易に武器の形態を悟らせないだろうとクリスティーヌは思う。
「よろしい。では明日の明朝五時にはここに来ていて下さい」
今日は飛行機に乗っていて疲れている。早く寝て明日に備えよう。
クリスティーヌは準備されていた部屋で装備の点検をすると速やかに眠りについた。
朝四時にクリスティーヌは目覚めた。
「六時間か……」
よく眠れたので体調もいい。軽く伸びをしてみるが、いつもよりも気分がいい。任務にはぴったりのコンディションだ。
朝の雑務を終え、早速任務にかかる準備だ。
持ち物はボストンバッグ一つ。余計なものは一切入っていない。その小ぶりなバッグの中には、支給された武器が詰められるだけ詰めてある。後は決行するだけだ。
クリスティーヌは固いパンと冷めたスープを食事にして、目的の人物の人相を頭に叩き込む。特徴のある人物で、五円ハゲが印象に残る。これならばまず間違いはない。
食事を終えて、コンディションチェックを終え、建物を出る。傍目にはただの豪奢な洋館にしか見えない。そこから普通の若い女性の服を纏ったクリスティーヌが出て行く。これはごく自然な動作で行わなければならない。
今回の任務は人ごみの中からそれとなくターゲット探して潜入するものだ。特徴のある男がターゲットなため、徳ては楽だったが、彼はあちらこちらのパブに顔を出し、そこで大量に酒を煽った。とてもではないが重要人物とは想えなかった。
備考自体はかなり楽だったが油断は禁物だ。そう気を引き締めた次の瞬間、硬いものが頭に当たった。すぐにそれが銃だと気付く。こんな街中で、大体不敵なものだ。振り返ろうとしたら、また銃が頭蓋骨を叩く感触。
「どこの所属だ」
どこかで聞いたような男の声。黙っているとまた銃口を押し付けられる。
「早く答えろ」
「……IOH」
「何? じゃあIOHがこの戦闘に参加するのか」
男の声に驚きの感情が混ざる。 その隙をついてベレッタを胸元から取り出す。着ている服はワンピースだが、上着のジャケットのおかげで隠し場所は確保できるのだ。
今までされていたように銃口を相手の頭につける。
「動くな」
「……あれ? その声は、昨日のかわいこちゃん?」
男はあの日本人だった。彼は敵、それとも味方?
やや混乱した今のクリスティーヌには判断できない。
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