誕生日が来るのがなぜか憂鬱になったのはいつからだろうか。
一定年齢を過ぎると、自然と誕生日というのはどうでもよくなる。一緒に喜びを共有してくれる相手がいないのならば、ただ寂しい、虚しいだけ。ただ年齢を重ねていくだけだ。
茜は写真立てに写る神父は穏やかに微笑んでいる。隣には、四ノ宮聡との婚約が決まった時の喜びの絶頂にいる茜自身がいる。今となってはこの自分自身が憎たらしい。十年前、あの時油断しなかったら、神父は今でも茜のそばで笑っていてくれたはずだ。聡とも無事に結婚して、もしかしたら明のところのように娘か息子がいたかもしれない。
『かもしれない』、『かもしれなかった』現在を考えて、茜は首を振る。
――そんな現実、僕に起こるわけがないじゃないか。
大犯罪者の娘、その時点で幸せになる資格などない。神父に愛情を注がれる資格すらなかった。それでも神父は大事にしてくれた、愛してくれたと思う。たとえ、亡くした娘の代用品でもよかった。ただ、誰かがそばにいてくれるだけでよかった。
「……そうだ、線香」
神父も聡も、あの時点で天涯孤独の身だった。
前者は妻子を亡くしていたし、母子家庭育ちの聡の母もまた、犯罪を犯して捕われている。孤独、それが自分たちを繋ぐ確かな絆のような気すらした。
「きずな」
茜がずっと欲していたもの。
それでいて手に入らなかったもの。
当たり前の家庭に生まれなかったことを怨まなかったわけではない。威厳ある父と心優しい母がいる。ただそれだけでよかった。それも茜は知らない。だからこそ、十年前に聡にプロポーズされた時には迷ったが、受け入れた。
望んでいたから。欲しかったから。
ただそれだけの理由で、茜は聡のプロポーズを受けた。自分で築き上げていけばいいと思ったから。失ったものは自分で埋め合わせるしかないと思ったから。
しかし、その選択は果して正しかったのだろうか。
「…………」
そこで教会のチャイムが鳴った。
今日はみな休みにしてあるはずなのに、いったい誰だろうかと出てみると、そこには意外な人物がいた。
「……わかば?」
「お久しぶり」
異母妹は当たり前のように教会に入っていく。手には紙袋を下げている。 「何の用?」 「姉の誕生日をお祝いして差し上げようかと思っただけですわ。ありがたいでしょう?」
「誰も頼んでないよ」
「三十路女がたった一人でバースディケーキをもそもそと食べているところを想像しただけで哀れみを感じますわ」
「…………」
そうもはっきりと年齢の話をしなくてもいいではないか。こんな不遜なところは相変わらずだ。さすがはあの父親の娘。いや、自分もそうだが。
「あまりにも憐れなので、わたくしが祝って差し上げますわ」
ため息をつきながら、出来の悪い異母姉に微笑みかける若葉は美人になったとやっと茜にも認識できた。
「……変わんないね、若葉はさ」
茜はその様子に救われる気がした。自分に残された繋がりを大事にしたい。
神父も聡も、若葉ならば許してくれるだろう。
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2017年 10月16日 莊野りず
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