宮下茜は、外見上はそうは見えないが、『プロ』だ。
童顔に、こげ茶の髪をショートカットにして、衣替えを終えたばかりのいつもと同じデザインのシャツ。しかし素材は春用。どこからどう見ても『少年』にしか見えないが、一応は『彼女』と呼ばれる性別である。
その茜は中年の男性と共に教会に棲んでおり、未だに建て替えてもらった教会を修理した費用も納めていない。それ以前に、かなりの赤貧生活を強いられている身だ。……この前提ならば、今回の『依頼』を受けるのも当然ではなかろうか。
「おい、兄ちゃん! こっちは『お客さま』だぞ? 早くハンニン見つけろよ!」
ふゆきと名乗った小学生、しかも多分低学年の少年が、生意気な口をきいてくる。
「そうそう! 『プロのタンテイ』だって聞いたから、『イライ』したのよ?」
なつみと名乗った、ふゆきと同い年だと言った少女が、偉そうにそう強気な口を叩く。そんな二人を、どこからどう見ても内気そのものの少年――彼も二人と同い年だと自己紹介していた――が宥めようとするが、強気な性格とみられる二人の勢いは止まらない。その最後の少年ははるきと名乗った。
「……タンテイさんだってニンゲンなんだし、ジカンがかかってもしょうがないんじゃないかな?」
そう言ってくれるのは大変ありがたいが、まるで自分が『無能なんだから』とでも言われているようで、微妙な気持ちだ。そんな三人の子供の様子を眺めながら、茜は思う。
――やっぱり世の中ってものは、そんなに簡単じゃないんだよね……。
実は茜は子供が苦手なのだ。いくら考えてみても心当たりはないし、トラウマのようなモノもない。なのになぜか漠然と、子供に対しては苦手意識が働く、特に男子には。物事をよく考えるのは探偵には必要だが、仕事中に他の事を考えてしまうのは、自分でもどうかと思う。
この『依頼』は、受けた当初よりも遥かに難易度が高そうだ。
きっかけは、三月下旬に仕事用に自分で作成したホームページに届いた一通のメールだった。最近は美千代からの依頼も多いように感じていたので、「とうとう“K”に昇格か!」なんて喜んでいたのだが、やはりこう言った細かい仕事もこなして、経験も踏んでおくべきだと思っていた。特に、去年のクリスマスの一件以来。神父はそんな茜の事を心配していたのだが、当然彼女にはそんな事など解らない。
とにかく『経験』を踏むべきだと考えていた彼女にとって、更に言えば生活費の都合もあって、このメールは一石二鳥の『依頼』……のはずだった。件名には『さがしもののイライ』と、どこか幼さを感じさせたのだが、勢いづいていた彼女はよく見なかった。それが現在の状況に繋がるとは微塵も考えずに。
『えーっと、『亡くしたサッカーボールを佐賀氏て下さい。れんらく舞ってます』……なにこれ? 酷い誤字』
茜は少し固まりながらも、その文章の内容から、依頼人は『子供』で、依頼内容は『サッカーボール探し』だという事までは解った。しかし、いくら『依頼』といっても、所詮は子供からのモノ。今の時代は幼い子供でもインターネットが使えるのも当たり前と化している。
「なーんだ、期待して損した!」
そう落胆の声を上げながらも、最後までメールに目を通したのは、ただ単にそういう気分だっただけだ。深い意味はない。だが、そのメールアドレスは、依頼人である子供の父親のモノらしく、署名が入っていた。その署名に目が釘付けになっていた。
「……オカモト代表取締役――」
『オカモト』というのは、貧乏育ちの茜が、幼い頃から「死ぬ前に食べるとしたら何が食べたいか?」と問われた時には、迷わず「オカモトのチョコアソート!」と断言できるくらいに憧れている、老舗チョコレートメーカーだ。『ブレイン』というメーカーのモノも食べてみたいが、あちらは男性向けに女性がバレンタインに送る用のモノ専門だ。甘党の茜的には合わないだろう。
「……もしかして、僕ってかなりの強運、なのかな?」
パソコンのモニターを眺めながら、茜は即、メールの返事を出していた。もちろん報酬は手に入るが、このオカモトの社長は器の大きな人物だと雑誌のインタビューで読んだ。
――『報酬』と『オカモトのチョコ』両方ゲットのチャンス!
そんな事を考えている彼女の表情は、まるで時代劇に出てくる悪代官そのものだった。
そして、現在の状況は、苦手な生き物『子供』たちが、目の前で軽い口喧嘩をしているところ。「たかがサッカーボールくらいで、なぜそこまで?」と疑問に思うものの、仮にも『依頼人』だ。迂闊な事など言えやしない。
――だから僕は子供が苦手なのかもしれないな。
茜がそんな事を思いながら、三人の言い分を頭の中で整理する。
『ぼくはふゆき。サッカーボールがこうえんから出て、トラックの上にのってっちゃったんだよ!』
『ちがうわよ! サッカーボールはどかんの中に転がってって、そこからマホウのように消えちゃったのよ!』
『二人とも、おかしいよ! サッカーボールはこうえんから出て、どこかにころがってったんだよ、きっと。はるきの言い分を信じてくれませんか?』
……三人の主張は、これでもか! というほどに食い違っている。これも今、茜を困らせる一因だ。こんな事件などただ警察に駆け込めばいいと言ってしまいたいが、『報酬』と『オカモトのチョコ』の誘惑には敵わない。しかも『報酬』は、流石はあの『オカモト』の代表取締役の子供なだけに、いつものモノとは二ケタは違う。……その金額を頭の中で繰り返し想像して、どうにか耐える。
――そもそも、なんでこの三人の主張はここまで違うんだろ? いつもなら証言が重なるべきところなのに。
ふと、三人のうちのある一人の持ち物である鞄から、ある本のタイトルがチラリと見えた。全文ではないが、茜も興味があり、余裕のある時には百円ショップで購入している。それで今回の『依頼』の意図、『噛み合わない会話』にピンときた。
――なるほどね。そういう事か。……まったく、だから子供は苦手なんだよ。
「だから! それは――」
二人の口喧嘩を仲裁する、一見健気な少年・はるきの肩に、茜はそっと手を置いた。そして振り向いた彼を『優しく』睨みつけた。実際には彼にとっては『恐怖』しか与えないモノだったのだが。
「……君でしょ? 僕に依頼してきた、迷惑なクソガキは!」
最初は優しく諭してやろうというスタンスだったのだが、彼が『犯人』だと結論がつくと、茜の表情も自然と厳しいものになる。……当たり前だ。これは『事件』ではなく、悪ノリの過ぎる『イタズラ』だったのだから。
「え?」
はるきは茜の怖い顔を見上げた。彼の持ち物である鞄から見えた本は『推理ロジック』。今時では百円ショップでも簡単に手に入る、頭を使う思考トレーニング向きの『遊び』だ。
他の二人も堪忍したのか、しゅんと静まり返っている。そう、三人とも『グル』で、『犯人』は三人の中ではるきという少年の『役』だったのだ。証拠として、今回三人が元にしたと思われる『問題』が、茜が勝手に取り出して見せつけた、ふせんつきのページに載っている。
「『犯人役は正直者、その他二人は片方は半分嘘つきで、もう一人は全部嘘つき』……君たち、大人をからかっていいって、誰に教わったの?」
背後にはゴゴゴとでも文字が浮かびそうな勢いの茜の気迫に、三人の子供は観念して「ごめんなさい!」と謝った。
「まったくもう! 僕もホントに舐められたもんだよ!」
そう文句を言いながらも、神父お手製の夕食を食べる手は止まらない。嫌な事があった時は、沢山食べるに限る。そんな茜の心からの憤慨を見守っていた彼は、傍らのカレンダーに目がいった。そして、何やら思いついたことがあるらしい。
「……茜、今日の日付は?」
「……え? 多分、四月ついた……ああっ!」
最近は忙しくて忘れていた。そうだ、今日はエイプリルフール、別名四月馬鹿。あの三人はこれに便乗したかっただけだったのだろう。
あの後、三人を思い切り叱りつけたため、『オカモト』の一人息子であるふゆきは父親に茜のことを伝えたらしかった。そのことを知ったのは、後に届いたメールにて。本文はヒステリックな言葉で、溺愛する息子に何をする的な、茜には解読不可能な文章が並んでいた。もちろん、『報酬』もなければ、憧れの『オカモトのチョコ』も手に入らなかった。
「……僕って、とことん『ついてない』の?」
茜はらしくもなく、涙目になるのだった。
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2015年 4月1日 莊野りず
2015年 9月16日 修正
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