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  二九章  

「……」

 スフィアは玉座に腰掛けながら、木を組んだ書物のようなモノに目を通していた。皇帝となった彼女に寄せられる期待は大きく、彼女自身も身が引き締まる。
 一人でも多くの民を救い、一人でも多くの民を護る。それがスフィアの目指す新たな碧玉京のあり方だった。
 皇帝となったからには、元の名――『スフィア』も、巫女としての名『イノリ』も返上しなければならない。現在彼女を指す言葉は『現皇帝』だ。そのことには何の不満もない。元からそのつもりだったのだから。

「現皇帝、一休みされては?」

 そう言って、水を勧めるのは自身が『兄』と慕っていた翆玉だ。
彼はもはや『摂政』ではなくなり、元皇帝の世話役兼現皇帝の側近となった。元『スフィア』が返事をするまでもなく、彼女の手には木でできた器に注がれた水が揺蕩っていた。

「……」

 ――あの『こーひーギュウニュウ』、美味だった。

 『もう二度と』、あの時代に行くことが叶わない今となっては、やはりもう二度と口にする事もない飲料の味が思い出される。それに比べれば、水のなんと味気ないことか。

「……どうかされましたか?」
「いや、なにもない」

 結局、今の『現皇帝』には最愛の義弟の死の真相が知らされることはなかった。翆玉に命じても、「朱の名誉にかけて言えません」と言うばかり。……結果として彼女が今思うのは、義弟の面影のある少年のことだった。



『僕は、スフィーが……スフィアが、大好きです!』

 そう面と向かって言われた時には、正直に言えば戸惑った。出会った頃は軟弱な少年でしかなかったのに、今や逞しさを感じさせ、将来が楽しみな少年に成長を遂げていた。
少年の成長とは早いものだと感心したのだが、どう返事をしたものかと悩まずにはいられなかった。……はたして、この気持ちは『恋』と呼んでいいものなのだろうか?

『……』

 しかし、仮に恋だったとしても、自分はこの碧玉京第三十代目皇帝であり、私情に振り回せれる事などあってはならない。ゆえに可能だったのは、出来る限り自然に微笑むことだけだった。
 麒麟がそれをどう受け取ったのかは、もう二度と会えない限り『解らない』。少しでも自分の気持ちが伝わっていればいいと思う。
 その後、『スフィア』の名を捨てた瞬間に彼女の碧玉でできた勾玉にひびが入り、粉々に砕け散った。それはまるで、彼女を皇帝の座につかせるためだけに存在したかのような錯覚を覚えさせた。
そして彼女は心の中で別れを告げた。

 ――さらばだ、朱。

 ……この後、碧玉京は彼女が現代から持ち込んだ利点を生かした国へと移り変わってゆく。

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2015年 月日 莊野りず
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