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  二八章  

 光の洪水が押し寄せてくる。これはタイムトラベルが終わる証拠だ。そして一人残された麒麟は、朱の言葉について考えてみる。

 ――なんだ、そういう事だったんだ。

 誰もが朱と間違えるほど似ているのは、自分が彼の血を引いているから。
 自分の髪が赤いのは、朱の子孫だから。
 朱の声が聞こえたのは、きっと同じ気持ちを共有し合う間柄だから。

 そう考えれば、すべてに納得がいく。そして碧玉京が火で攻められたときにも全く熱さを感じなかったのも、やはり朱の血を継いでいるからだ。
だからこそ朱も磔刑という身動きの取れない刑罰に加え、火をつけられても無事だったのだろう。でなければ、火で燃やして骨の一本も残らないわけがない。それは麒麟が葬式で体験した事だ。

 ――だったら、僕がスフィーのことを好きなのも、血筋なの?

 そう自分に問いかけてみるが、自分のことでも自分の考えは一向に解らないままだった。……でも、それでいいと思う。『好き』という気持ちに間違いはないはずだから。
 やがて光の出口にあおが広がる。あおとみどりの京、碧玉京だ。

 ――待ってて、スフィー!

 麒麟はいつでも彼女を――スフィアを護れるよう、カッターナイフを制服のポケットから出し、刃を出した。これならば、どんな状態でも急所さえ狙えばどうにかなる。
 『やらなければやられる』、それは相手を護るためにも大事だと自分に言い聞かせながら、麒麟は光の出口を抜けた。



「……言え麒麟。託されたとは、一体誰に?」
「……言えないよ、スフィーにだけは」

 麒麟が危機一髪のスフィアを救ってから、もうずっとこのやり取りが続いていた。周囲の『赤』に対する偏見の眼差しは翆玉の言葉によって止まったのだが、当のスフィアと麒麟がこうも延々とやり取りをしているのは、流石にどうかと思う。

「麒麟、私になら話してくれるかね?」
「……絶対にスフィーには言いませんか?」
「誓おう」
「待て! 何故私には言えずに義兄上には言えるのだ?」
「スフィア、女は知らない方が幸せなことも沢山あるのだ。……別室に行こう」
「はい」
「麒麟!」

 スフィアが止めようとするのを翆玉が制すると、彼女は大人しく待つ態度に出た。
 翆玉の部屋は木製の書物のようなモノが散乱していて、狭く、調度品の類は一つもなかった。壁からは食用と見える植物が茂っている。

「さて、では聴かせてくれるか?」
「実は、僕は朱ってひとの子孫なんです」
「……なんだと?」

 翆玉は信じられないという顔をした。当然だ。この時代には遺伝の概念など存在しないのだから。その辺りのことを父から聞いた通りに説明すると、要領を得ない説明ながら聡明な翆玉はすぐに理解した。

「つまり、君のその外見は朱の『イデンシジョウホウ』とやらを継いだからなのか?」
「そうです。……驚かないんですか?」
「いや、それならば納得がいく。むしろ疑問などないが?」
「……そういうところはスフィーと似てますね」

 翆玉は初めてタイムトラベルの概念を説明した時のスフィアと似た表情をしていた。そしてついでに既に『元』となった皇帝だった男の『病』について、麒麟なりの考えを述べた。

「……『ウツビョウ』?」
「ストレスっていう、イライラが溜まるとやる気が起きないんです。多分それだと思いますよ」
「どうすれば治るのだ?」
「確かテレビではストレス解消に環境を変えるとか、責任から解放するとか、そんな事を言っていました」
「成程。ただちに試してみる事にしよう。礼を言うぞ少年」


 そして麒麟と翆玉はスフィアのいる広間に戻った。彼女は真っ先に翆玉に麒麟の言ったことを尋ねようとして、直ちに諦めた。義兄がどのような性格なのかは彼女が一番よく知っていた。
 空になった皇帝の玉座に座るのは誰だという話になったが、民衆の意向も、皇族の意向も皆同じだった。決定打となったのは、僅かの間とはいえ皇帝だった青梅を殺した麒麟の一言だ。

「皇帝に相応しいのは、スフィアです!」

 文句のつけようもないその答えに、誰もが納得し、満足した。……しかし、当のふたりの気持ちは複雑だった。


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2015年 8月24日 莊野りず
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