Blue
二七章
淡い光が自分を包んだと感じた次の瞬間、目の前に自分――麒麟と全く同じ顔の少年がいた。厳密には微妙に髪型と服装には違いがあるものの、やはり同じ顔だった。しかし、相手の方が若干背が高くて声も低かった。ちょうど声変わりの時期なのだろうと麒麟は思った。
『……先刻の決意は変わらないな?』
自分とあまり年の変わらないように見える相手に高圧的な態度を取られると、流石の麒麟もムッとした。気づいたら言い返していた。
「そっちこそ一体あなたは僕の何なの? なんで僕をタイムトラベルさせたり、危ない目に遭わせたり……スフィーと会せたり。なにがしたいの?」
すると相手は麒麟を一瞥し、そんな事も解らないのかと失望を露わにした。
『……どうやら私は選択を失敗したらしい。こんな未熟者に彼女が護れるとは思えん』
「どういう意味?」
『そのままの意味だ』
「……」
『……』
実に奇妙な感覚だった。姿かたちは瓜二つなのに、年頃も似ているのに、何もかもが違う。そして相手の特徴から、彼が噂の『朱』なのではないかと思った。そして尋ねてみると、返ってきたのは肯定の返事だった。
「……朱は、スフィーのことが好きだったんでしょ? なら、なんでスフィーのお母さんを殺したの? スフィーが言うには、殺されるのはわかってたんでしょ?」
『無論。しかし、今お前に彼女を託す以上、話すのが筋だろう。……義姉上には黙っていると誓えるか?』
これは相当後ろ暗い事情があると見える。麒麟は黙って頷いた。そうしなければ、きっと彼は真実を話してはくれないだろうから。……理屈ではなく、本能でそう感じた。なぜなのかは全く不明だが。
『義姉上の母君は、大変美しく、芸も巧みな寵姫だった。そのことは聴いているだろう?』
「うん。スフィーから聴いた。寵姫って、王様が一番好きな人、なんだよね?」
『……なんでも尋ねれば答えが返ってくると思うな』
「……ごめんなさい」
こんなところはスフィアと似ている。流石母親が違うとはいえきょうだいだと思った。つい謝る麒麟を呆れるように朱は見つめていたのだが、このままではらちが明かない。そんなわけで話を切り出す事にした。
『いいか? ここから先のことは話すんじゃない。彼女は、義姉上の母君は、義姉上を含む皇位継承権を持つ皇族全てを殺そうと企んでいたのだ』
「……え?」
どういう意味かと尋ねたかったのだが、たった今、叱られたばかりなので何も言えない。麒麟でも理解できるよう、朱は言葉を選んだ。
『つまり、私の母上は属国である紅薄京のいわば人質として娶られた女だ。ゆえに私には皇位継承権はない。それで彼女は私を警戒しなかった。……義姉上の母君の望みはただ一つ、自らが腹を痛めて産んだ子供でも、娘である義姉上は彼女にとっては他の皇族同様に目の上のたん瘤であり、息子の青梅様だけが生き残り、皇位を継承すればいいと考えていたのだ』
「ちょっと待って! まさか、スフィーのお母さんは……」
『察しの通り、義姉上は実の母君に毒を盛られそうになったのだ。……いくら義姉上が用心深いとはいえ、まさか実母が自分の食事に毒を盛るとは思わないだろう? しかも彼女の母君は押しも押されぬ寵姫であり、義姉上は母君の努力を誰よりもよく知っていた。似たような性格だと思っている実母が自分を殺そうとしている、などと思いもよらないだろう?』
「……だから、殺したの? スフィーを護るために? 自分がどうなるかも知っていて?」
『それが私の愛だ。誰にも文句など言わせない』
朱は凛とした引き締まった表情で言い切った。『磔刑』という言葉も『火刑』という言葉も辞書で調べたが、どちらも辛く苦しい罰だった。……そこまで覚悟の上で、義理の姉を護りたい一心の朱の行動力は、スフィアが愛するのも当然のことだ。
『それと同じでなくていい。例えて言うのならば、やらねばやられるということを理解できるか?』
「……」
麒麟は無言で制服のポケットの中のカッターナイフを握りしめた。相手――朱には麒麟の覚悟が伝わったのだろう。彼は微笑むと、最後に一言だけ残して麒麟の目前から消えた。
『頼んだぞ、我が血を引く者よ』
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2015年 8月23日 莊野りず
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