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  二六章  

 ――もう、『おわり』だ。

 誰もがそう諦めていた。他でもないスフィア自身も。だが、次の瞬間聞こえたのは聞いたことのない澄んだ音だった。
 その音は、スフィアには聞き覚えがあった。『ヘイセイ』という時代で、日常生活で使われるもの。『コウコウ』という場所で、使われるもの。

「……え?」
「……スフィアが……殺されていない?」

 思わず目を閉じていたスフィアと翆玉は、予想外のことに目を見開いた。その視線の先にあったのは、予想だにしていなかった光景だった。小奇麗に着飾った男が、呻いている。

「ぐっ……はぁっ!」

 首筋から鮮血を飛び散らしながら呻き声を上げているのは青梅だった。その傍らには、『赤』がいた。

「……」

 少年は茶褐色の詰襟に、カッターナイフを手にしていた。その刃先には青梅のモノと思われる赤い液体が付着していた。……どう考えてもその少年が第二十九代皇帝を殺害したという事は、この場にいる者すべての見解だった。

「……麒麟……どうして?」
「スフィーこそ、『どうして』? やらなきゃやられるって、僕に言ったのはスフィー自身だよ?」

 もはや場はしんと静まりかえっていた。見知らぬ少年、しかも第三皇位継承者であるスフィアの実母を殺した『赤』――朱と瓜二つの少年が、『またしても』、今度は義兄殺しの罪を犯した。奴隷たちも特権階級の者も、この事実には驚きを隠せない。

「やはり『赤』は呪われている!」

 そう言い出したのは巫女として名を馳せる女だ。

「『赤』は根絶やしにするべきだわ!」

 奴隷の女も同じく同調する。

「あお以外の皇族など汚らわしい!」
 
 奴隷の、今度は男も麒麟をねめつける。

「静まれ!」

 それらの声を一言で収めたのは、やはり摂政の翆玉だ。彼の人望は厚く、すぐに騒がしい場は水を打ったように静まり返った。

「……麒麟、といったね? まずはスフィアを助けてくれて礼を言う。だが、なぜ君がここにいるのだ? それに、なぜそこまでスフィアに……」

 翆玉は途中で麒麟の想いに気づいたかのように口をつぐむ。しかし、周囲はそれでは納得しない。麒麟はカッターナイフの血の付いた刃の部分を乱暴に折る。そして刃の部分をしまう。

「……託されたんです」

 ――『誰に?』
 
 そう一番問いたいのはスフィアだった。
 麒麟はこの時代にタイムトラベルする最中のことを思い出していた。

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2015年 8月6日 莊野りず
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