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  二五章  

「……すっ、スフィア……?」

 翆玉が信じられないものを見る目で『妹』を見る。彼女が突然現れた事にももちろん驚いたのだが、問題は彼女が現在いる位置だった。

「……スフィア?」

 現皇帝はあまりのことに自身の娘である事すら忘れて、青い髪の少女を見つめる。だが、やはりこういった局面でも悪い意味で機転が利くのが青梅という彼女の実兄だった。

「……どこに行っていたのだ? 心配したぞ、我が実妹よ」

 ――好都合すぎる、これほどまでに、天は私に味方をしているとしか思えぬ。

 青梅は内心で大笑いしたい気分だった。翆玉の最大の弱点にして、自分にとっては癌でしかない邪魔な『実妹』。そのスフィアは、なんと自分の懐にいきなり現れたのだ。常に気に食わない、冷静な彼女でも明らかな狼狽が見て取れる。

「……」

 スフィアが今いるのは、現皇帝と皇位を継承したばかりの青梅の間だった。いくら細いとはいえ成人済みの男であれば、彼女の細い首をへし折るなど簡単だろう。
 この状況で、スフィアは冷静になろうと己を叱咤し、冷や汗が流れる背中を見せまいと意地を張る。

 ――やはり、この愚兄は私が殺さねばならない。他の何でもない、この碧玉京のために。

 そう彼女は確信するのだが、肝心の武器になるものが石ころ一つなかった。更に分が悪いことに、相手は未来の物体には及ばないものの、儀式のための剣を手にしていた。……圧倒的に不利な状況。これは奇跡でも起こらない限り現状打破は難しい。
 スフィアの白い肌に珠汗が伝う。肝心の実父である現皇帝は、すっかり青梅を信頼しきっている。  元から先代皇帝の遺児である翆玉をよく思っていない上に、その彼と親しい娘のスフィアも、現皇帝にとっては青梅ほど大事ではなかった。

「ええい! 邪魔をするな、スフィア!」

 いくら寵姫の産んだ実の娘であろうが、自身の目的の邪魔をするのであれば容赦をするつもりはない。それが現皇帝の考えだった。そんな彼の想いを汲むふりをして、青梅は彼に囁きかける。

「皇帝陛下にお手数をおかけする必要はありません。……私も心苦しいのですが、父上の病を悪化させる可能性は摘むべきだと考えます」
「……うむ。そうだ、殺してしまえ。そして示すのだ! 次代皇帝の強さを!」

 現皇帝は、もはや青梅に交代していた。すでに『元』となった皇帝は、実の娘のためにせめて瞳を閉じる。その様子を満足げに見つめる青梅。それを慌てて止めようとする翆玉。……だが、やはり青梅の方が距離が近い分、有利だった。

「許せ、愛しい我が実妹よ!」
 ――もう駄目だ!
   
 いくら強気なスフィアでも、この最悪の状況では、次に待ち受けるのは痛みを伴う死だと確信せざるを得なかった。


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2015年 7月5日 莊野りず
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