Blue
二四章
ルビーの勾玉が淡い光を放ち始めた。
寄生木家は夕食の最中で、いつまで待っても帰ってこないスフィアの身を案じてはいたのだが、彼女は十分に強いのだし、大丈夫だと母親のちさとがいつも通りののほほんとした調子で言ったので、あまり心配はしていなかった。
だが、恋心を自覚した麒麟としては心配で仕方がない。更に、勾玉がいつもとは違う光り方をしているのが気になった。……いつもならば、もっと主張するように強烈な光を放つのに。
――まさか、スフィーに何かあったんじゃ?
幼い自分に出来る事など限られている。その自覚は十分にある。現に、彼女には助けられてばかりで、自分で自分が情けないと思ってばかりだ。
それでも、男子としての意地が芽生えていた。好きな異性の前で、格好いい所を見せたいと思うのは普通だろう。麒麟もまたそう考えるような年頃だった。
――でも、どうすれば古代に行けるんだろう?
そもそも一度も確認などしたことがなかった。『古代に行くための条件』、これはただ単に『勾玉が光ったから』行けるのか、それとも何か『特別な条件』が必要なのか? それを食事中の父に尋ねると、いくら大人で考古学者といえども、まさか実際にタイムトラベルなどという現象が起こるとは思ってもいなかったので、解らない。
「お父さん、僕は真剣にスフィーが心配なんだよ!」
「……あら、やだわこの子ったら! おませさんね」
母のちさとはそう微笑ましそうに言うのだが、麒麟の中の直感がスフィアの危機を告げているような、そんな気がした。それを、よりにもよってそんな言い方などしなくてもいいではないか。そう抗議しようとするが、母は強く、全くこたえる様子はない。
「……私の推測だが……元から気になっていた事がある」
「何?」
「なぜ麒麟だけがタイムトラベルが可能なのかという事だ。他にもタイムトラベルに相応しいような少年は数多いはずだ。……これが私の立てている仮説に基づく事だ。後は自分で考えてみるんだ」
「……」
父はそれだけ言ってすぐに出来たての焼き魚について母にコメントしている。麒麟のこれまでの経験からして、こういう時の父は何を言ってもそれ以上のことは教えてくれないのだ。
夕食を終えて 、自分の部屋に来た麒麟は、紅色の勾玉をじっと見つめる。
「……」
こんな事をしている場合ではないのかもしれない。今も、もしかしたらスフィアは危機に晒されていいるのかもしれない。ならば、グダグダしている暇などない。
麒麟は勾玉に向かって語り掛ける。駄目で元々、という破れかぶれの気持ちでもあった。……それでも、スフィアを想う気持ちだけは本物だと確信していた。
やがて勾玉からか、脳内に響く聞き覚えのある声がした。まるで自分のもののようだが、声が低い。多分中学一年生の自分よりも年長だろう。その少年の声が、ダイレクトに頭に響く。
――お前に、彼女を護る『覚悟』はあるか?
「あるよ!」
声の主は疑わしいといった調子を崩さない。
――本当に?
「もちろん!」
――その無垢な手を血に汚す『覚悟』だぞ?
「……え?」
――やはりお前には無理だ。
声の主は最初から麒麟が無理だと決めてかかっている。それがまた、逆に意地にならせた。
「……たしかに、怖いよ。『人が死ぬ』、なんて、そんなの間違ってる! ……だけど、僕はスフィーの力になりたい! スフィーを護りたい! この気持ちは本物なんだよ! お願いだから、僕を……『ヘキギョクキョウ』に連れて行って!」
――……。
声の主は、しばらく黙りこくっていたが、麒麟の気持ちを察したようだった。そしてまるで賭けでもするかのように力強く言い切った。
――ならば、その『命』を賭けて証明してみせろ。
声の調子は厳しかったが、それがなぜなのかは今の麒麟には解らない。だが、相手もまたスフィアを大切に想っている、という事だけは察しがついた。……似た者同士なのだと麒麟は思う。
そして次の瞬間、彼の身体は部屋いっぱいの光の洪水に包まれていた。
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2015年 8月4日 莊野りず
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