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  二二章  

「これが水に漬けた紅薄京の愚かな王の首だ! 奴を仕留めたのはこの私! 私以外の誰が次代皇帝に相応しいのです? ……『父上』?」

 青梅は紅薄京の老いた王の首を現皇帝の前に掲げて、『父上』と強調し、告げた。それは、明らかに先代皇帝の嫡男である翆玉への当てつけだろう。日頃から人望がないため、ここぞとばかりに自らの優秀さを示そうというのだ。
 外見は女そのものだが、中身は雄々しく、同時に非情に狡猾でもあるのがこの男だった。

「……」

 翆玉はただ自分の無力さを唇を噛むことで表現するしかない。……あの時、紅薄京の王を彼が仕留めたという話は偽りだという事を、誰よりもよく知っているのが翆玉だった。なぜならば、あの場には彼もいて、麒麟が偶然紅薄京の王を殺害してしまったという事実をその目で見ていたためだ。
 それでも異議を唱えられないのは、彼の弱点――『妹』と思っているスフィアを死よりも酷い目に遭わせるという彼女の実兄である青梅の脅しがある為だった。彼の気性は幼い頃からよく知っていたし、実際に彼は皇位を継承するためならば平気で汚い真似をするのだ、今も昔も。
 あの正々堂々としたスフィアとは似ても似つかない、まさしく愚兄。実の兄と妹でありながら、なぜこうも違うのか? ただの食生活の違いだろうか? そういえば青梅は豪華な食事を好み、スフィアは質素なものを好む。翆玉もまたスフィアと同じ粗食が好みなため、気が合うのだろうか?
 翆玉がそんな事を考えていると、重苦しい声がした。現皇帝の威厳に満ちた声。

「……よし、青梅よ。貴様が皇位を継承すべきだと確信した」

 現皇帝は、そう厳かに告げた。病に臥せる事が多いとはいえ、現代の皇帝は彼であり、彼の決定は絶対である。その彼がこう言ってしまえば、それを覆す事など不可能だ。
 翆玉は願わずにはいられない。義理とはいえ大事な『妹』のような存在が、戻ってきてくれるその時を。それはきっと、周囲の民も賛同してくれるに違いない。男の青梅と自分とは違い、女である彼女にしか『儀式』は不可能だし、それによって民にもたらされる恩恵は計り知れない。
 しかし、彼女は現在この碧玉京にはいない。以前にも文字通り『消えた』のだが、その後どれだけ問いただしても、スフィアは詳細を語ってはくれなかった。ただ、「危険な要素が多すぎるからです」とだけ言っていた。それは一体どのような意味なのだろうか? 聡い少女だし、絶対に深い意味があるからこその言葉だろうが、せめてこの自分にだけは打ち明けて欲しかった。
 ……そうすればこの最悪の事態――よりにもよって青梅が次代皇帝の座に就くなど阻止できたのに。

 ――一体どこへ行ってしまったのだ!

 このままでは卑劣な青梅が次代の皇帝として定まってしまう。翆玉は周囲が言う通り、先代皇帝の遺児であるがゆえに、皇位継承などは元から望んでなどいない。そんな途方もない、不相応な立場など自分の望みではない。自分が望むのは、あくまでも平和で、民が笑って暮らせるような帝国だ。だからこそ、周囲が何と言おうとも『摂政』の立場で政を行ってきた。
 ……それなのに、この結末はあんまりではないだろうか?

 ――私は罰を受けるような覚えなどないし、民は全くの無実。それなのに、なぜ……。

 現皇帝は自らの腕にある皇帝の証である入れ墨――自身の身分である皇帝を示す大きな星と、奴隷を示す小さな星を上下で縁で囲んだ『碧玉京皇位継承者の証』を、跪いて青梅に見せる。それを神妙な顔で、だが満足げな笑みを浮かべ、彼は受ける。皇位継承の儀式だ。
 今この場には城の奴隷が全員集い、民の一部の特権階級の者たちも呼ばれている。最初から現皇帝はすでに皇位を譲り渡すつもりだったのだろう。顔色が優れないのは病のためだろうと翆玉は思う。
 その現皇帝は儀式用の丁寧な作りの剣を構え、それを交互に青梅の左右の方に載せてゆく。

 ――スフィア!

 翆玉は声を上げてその名を呼びたかった。その気持ちは、きっと民も同じはずだ。彼女ならば、きっとこの血塗られた碧玉京の歴史をも変えられる。真の皇帝の器は彼女だと、この場の誰もが思っていた。

「……第二十九代、碧玉京皇位継承者は――」

 そう現皇帝が宣言した、その時。誰もが待ち望んだ人物が『そこ』にはいた。現皇帝の子である何よりもの証拠である、あおい髪を風になびかせながら。

「……貴様に皇位など相応しくない。我が愚兄よ」

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2015年 8月2日 莊野りず
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