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二十章
「……」
平和な『現代』、平成の世で、麒麟は考えていた。あの脳に直接響く声。それは何一つ根拠はないが、不思議と確信があった。『彼』――朱と呼ばれる人物のものだと。そして、なぜ自分がその朱に似ていて、その声らしきものが聴けるのかを本当に疑問に思っていた。だが、それを直接スフィアに言う勇気などなかった。それはなんとなくだが、彼女を傷つけてしまう気がしたから。……本当に、色々な意味で『なぜ』?
部屋のベランダで一人考え込むひとり息子を見かねたのか、父である悟がいつの間にやら麒麟の横でタバコをふかしていた。
「うわぁ!」
「ははは!驚いたか?」
「いるんなら、声をかけてよ!」
「いや、らしくもなく真剣に何やら考え事をしているようだからね。考えが混乱するんじゃないかと思ったんだけど……余計なお世話だったか?」
「……ううん。謎が多すぎて、僕は混乱してたところだよ」
「スフィアさんは?」
「『明日は久方ぶりのコウコウだから寝る』って言ってた。だから、僕ひとりで考え事」
「なるほどね。……それで、何について考えて、何について混乱しているんだ?」
「……」
「どうした? いつもならすぐに訊いてくるところなのに?」
「いや、言っていいのかな? って……」
「……これはまた、おかしなことを。麒麟くらいの年頃ならもっと子供でいてもいいんだぞ?」
「いや、僕ももっと勉強しなきゃって思って。……『朱』ってひとと僕は大違いだし」
「『朱』? 誰だい?」
「今はもういない、スフィーの義理の弟だよ。……僕もそのひとみたいになれたら、きっとスフィーも僕を認めてくれるはずだから」
「……まさか可愛い息子の初恋が古代のお姉さんとは。『英雄色を好む』というが、案外、麒麟のようなタイプが大物だったりするのかもしれないな。『麒麟』と名付けて良かったと胸を張って言えるよ」
「どういう意味?」
「私も、いい息子を持って幸せだと思っただけだ。麒麟の名前の由来は『麒麟児』という言葉から取ったんだ。我が家の名字は『寄生木』、この言葉はあまりいい意味じゃない。だからこそ、コンプレックスにならないようにというのと、そうあって欲しいという願いを込めて『麒麟』と名付けたんだ」
「『麒麟児』って言葉の意味は、後で辞書を引いてみるよ」
「これは驚きだな。いつもはすぐに意味を訊いて来るのに……。なにかあったのか?」
「スフィーが言ったんだよ。『すぐ人を頼る癖が良くない』って」
「一理あるね。最近の麒麟は急に成長したように頼もしいと思うよ。……それは親としてはやや複雑だがね」
「……」
麒麟は当然親になった経験などない。だから、悟の考えなど全く解らない。ただ、父の性格はよく知っていた。好奇心が旺盛で、楽しそうな事には目がない。だからこそ、考古学者という職業を選んだのだ。おかげで生活は物質的にはあまり豊かではないが、家族の話題が絶えることもなく、いつも楽しい空気が流れている。麒麟が興味を持ったことは苦労してでも習い事をさせてくれたし、応援してくれる。……おかずの量は減るけれども。そして止めたと言った時には責める事なく止めさせてくれた。かといって、学校の成績が悪くても、一度も叱られたことなどなかった。だからこそ、今のような素直な性格の少年に成長したのだった。
そのひとり息子が可愛くないはずがなかった。父親である悟からしてみれば、麒麟は目に入れても痛くないほどに可愛い息子だった。だから、頼られるのは大変嬉しいし、父親として誇らしい。……その麒麟が何やら深刻な顔で悩んでいる。それを放っておく事など不可能だった。
「……それで、その『朱』と麒麟は、一体どんな関係なんだ?」
「向こうに行くと必ず言われるし、間違えられるんだ。『朱』ってひとと。スフィーも外見は似ているというし、朱ってひとのおじいちゃんも僕を本人だと勘違いするんだ。……どうしてそんなに似てるのかな?」
朱の声が聞こえるという事は伏せておいた。その方がいいだろうという判断からだ。ここで余計な情報を与えるとかえって混乱しかねない。……だからこそだ。
悟はしばらくブツブツと、麒麟には意味不明なことを口走る。これは彼の考え事をする時の癖で、しばしばこういった状態になる。麒麟からしてみれば慣れているが、他の者が見たら狂人だと見られてもおかしくない悪癖だ。そうして彼は考えを口にした。
「……まず第一の可能性としては『他人の空似』というものがある」
「なにそれ?」
「聞いたことはあるだろ? 『世界には同じ顔が三人はいる』って。連ドラでも観てたじゃないか。その可能性だよ」
「つまり、全然関係ないのに似てるってこと?」
「そういう事」
「第一があるってことは、第二もあるんだよね?」
「おっ、うちの息子も成長したな。前は気づかなかっただろうに。そう、第二の可能性も考えられる。あくまでも『可能性』の話であって、そうだとは限らないが、ロマンがある」
『ロマン』という言葉に、麒麟の心が躍る。父に似たらしく。麒麟はこの言葉に滅法弱かった。ワクワクしてきた。
「何、その可能性って! 詳しく聴きたい!」
「ダーメ! さっき自分で言っただろ? 『スフィアさんに認められたい』って。そのくらいのことが考えつかなくて、認められないぞ。難しく考えなければいいんだよ。これはヒントだ」
タバコの煙をくゆらせる父は、吸い終えるとベランダから部屋に戻っていく。麒麟には全く見当のつかない『可能性』。その正体など、まだまだ未熟な麒麟には全く思いもよらない。
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2015年 7月31日 莊野りず
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