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  十八章  

 ――私はただ護りたかったんです、貴女を。

 誰かの声がする。耳から聞くのではなく、直接脳に語り掛けるような声。相手は少なくとも自分ではない。だって、相手は声変わりしたやや低い声だから。

 ――真実を明かせば、貴女は絶対に傷つくと断言できます。だからこそ、なにも残さなかったのです。

 脳に語り掛けてくる以上、自分も話しかけられるのではないか? そう思った麒麟は『想って』みる。

 ――だれ?
 
 すると返ってくるのは少年の声。

 ――例え貴女に憎まれても、怨まれても、嫌われても、いくらでも汚名を被りましょう。

 麒麟の語り掛けには全く応えずに、声の主はただ一方的に語るだけ。まるでCDをリピートで再生している気分になる。

 ――それが、私が出来る貴女から頂いた愛への返し方。

 いい加減に頭が痛くなりそうだ。

 ――どうか、私のことはもうお忘れください。その代わりにこの少年がいるのですから。



「麒麟!?」

 戦場ではないどこかで、麒麟は目を覚ました。真っ先に目と耳に飛び込んできたのはスフィアの泣きそうな顔と自分の名だった。

「……スフィー?」

 彼女は一通り麒麟の様子を確かめると、やっと安心したとばかりに麒麟を無理矢理抱き締めた。……同じことをされた『あの時』を思い出す。老人を殺してしまったことを。

「そうだ! あのおじいちゃんは?」
「紅薄京の王か? 首を晒した上で水につけてある。水は罰の象徴だ。……同時に戒めの象徴でもあるがな」
「なんでもう死んでいる人にそこまでするの? ……僕は、人をひとり殺しちゃったんだよ!?」
「何を言っている? やらねばお前がやられていたのだぞ?」

 心底不思議そうなスフィア。そして彼女は初めて満面の笑みを見せる。しかし、それは素直に喜べない。

「流石は聖獣の名を持つ者だ。まさしく麒麟児だ!」
「……」
「紅薄京はもう瓦解した。王も死に、その娘である紅元妃も我が国で病死だ。跡を継ぐ者がいない」
「……スフィーが僕を褒めてくれるのは嬉しいよ? でも、やっぱり人が死ぬのは間違ってるよ!」
「そこまで言うのなら問おう。……お前は自分が死んでも相手が生きていればいいと思っているのか?」
「それは……」
「……朱の二の舞いだけはご免だ、絶対に」
「……」

 そこまで似ているのだろうか? やはりキーワードはこの『朱』という人物にありそうだ。

「……ねぇ、スフィー」
「なんだ?」
「『朱』って、一体どんな人……ううん。どんな弟だったの?」
「……」

 いつかは訊くべきだと思っていたけれど、それはきっと今だ。スフィアはしばらく黙り込んだ後、「長くなるぞ?」と麒麟に尋ね、彼が「いいよ」と返すと重い口を開いた。
 
「……朱は――」
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2015年 7月29日 莊野りず
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