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十七章
「さぁ、こちらです」
麒麟は敵国の者と思われる男に牢から救出された。相手も髪が赤い。
「首尾は?」
そう言いながらもう一人も寄ってくるが、麒麟を一目見ただけで動揺した。やはり麒麟には、助けてくれる理由も、ここまで驚かれる理由も解らない。
――自分だって、同じ色の髪じゃない。
そう思っているが、ここは逆らわない方が賢い選択だろうと判断する。敵国の兵二人は何やら話し出した。
「……あのお顔立ち、どう考えても、なぁ?」
「だが、あのお方はもう亡くなられたと……」
わけは解らないが、どうやら『敵』とはみなされていないらしい。むしろ好意的ですらある。それも、やはり解らない。
「君の名は?」
「ええっと、麒麟です」
「キリン? 『朱』様ではなく?」
「……」
これでやっと納得した。自分はやはり『朱』という人と似ているからこそ、ここまで丁重に扱われるのだと。そしてて騎兵二人は喜びを露わに、麒麟に向かって言う。
「碧玉京では生きた心地がしないでしょう?」
「我々の陣地にお連れします! 王もお喜びだ!」
「……え?」
なぜそんな結論になるのかは解らないが、これは所謂『トロイの木馬』というものではないだろうか? 図鑑で読んだことがある。せめて情報だけでもあれば、互いに解りあえるのではないだろうか?
そう考えた麒麟は頷く。やはり喜ぶ敵兵二人。
そうして連れてこられたのは、牢屋の下に隠されていた秘密通路を通っての敵陣だった。ただ木を組んだだけの本当に簡素な陣地で、麒麟は敵国の王の前に誘われた。
「……」
王様と見える隻眼の男は心臓の位置だけに木製の、今でいうところのプロテクターをつけ、剣を握っていた。しかし、麒麟の姿を見つめているうちに、滝のように涙が溢れた。麒麟から見れば『おじいちゃん』の年齢と見える。
「……生きていたのか? 生きていてくれたのか!? 我が愛しい孫よ!」
そう言って無理矢理に麒麟を抱きしめる。麒麟は苦しくてたまらないが、情報のためならば耐えるしかない。彼を連れてきた兵二人は、予め『朱と名乗れ』と言っていた。その理由がやっと少しだけ解った気がする。
「お前の母は、紅は、あの野蛮な碧玉京に人質として連れていかれた……。我が国が二度と逆らわぬようと尤もな理由をつけてな。ふざけるな! 紅は我が唯一の愛しい娘だ! 誰があんな好色な男になどやれるものか!」
「……」
「……だが、朱よ、愛しい孫よ。お前には全く罪はない。この艶やかな赤髪は、熱に強い体質は、まさしく紅の息子だ! さぁ、もっとよく顔を見せておくれ……」
そう言って眩しいものでも見るような、それでいて優しい目で老兵は麒麟の顔を眺める。幼く、経験の少ない麒麟でもはっきり理解できるくらいに、相手の目は優しさに満ちていた。
「はい、おじいちゃん」
「……ん? なんだと?」
麒麟が状況に合わせて『おじいちゃん』と呼びかけると、相手は逆上した。
「碧玉京の人間は卑劣だな! 朱は我をそんな聞いたことのない呼び方でなど呼ばない! 朱の偽物め! 死ね!」
「えっ!?」
老人が手にした剣を抜くのを見て、麒麟は今度こそ命の危機を感じた。そしてうっかり落ちていた木の枝を手にしていた。無意識のうちに。
「死ねぇー!」
「っ!」
――いやだよ、死ぬのは怖い!
「たすけてスフィー!」
……だが、次の瞬間に聞こえたのは、これまで話していた老人の微かな声だった。
「がっ!」
思わず手にしていた木の枝で、相手の喉を突いていたのだ。それを実行したのは、もちろん麒麟だった。
「……え?」
そこへいきなり悲鳴があちこちから聞こえ、陣は混乱状態に陥った。なんでだろうかと考える間もなく、青で統一した衣をまとい、武装した碧玉京の兵たちが入ってくる。先頭にいるのは……青梅だった。
「紅薄京の王の首、私がもらう!」
既に絶命しているにもかかわらず、青梅はそれに気づきながらも剣で首をのこぎりで切るように落とす。その視界に入ってくる事実に耐えられなくなり、麒麟はいつの間にか意識を手放した。
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2015年 7月28日 莊野りず
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