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  十五章  

「そして、お前は処刑が決まった」

 牢獄で青梅の声がはっきりと聞こえた。格子越しに麒麟と向き合っていた翆玉が眼を見開いた。

「まさか……正気ですか!? 第一、現皇帝の決定なしには処刑は執り行われることはないはずです!」
「……私も心が痛むのだが、現皇帝が結論を下したのだ。我々は彼の血を継ぐ者とはいえ、あくまでも現段階では『臣下』だ。ならば主の決定には従うべきであろう? ……いや、貴様は直接の血の繋がりはなかったな、翆玉」
「……まさか、『また』貴方の差し金ですか?」
「人聞きの悪い事を言うな。あれは当然の報いだ。あれに同情する愚昧も貴様も、どのような神経をしているのだ? 私にはその方が疑問だ」
「……」
「特に貴様は先代皇帝の末弟という身分だ。この際に少しはその高慢な態度を改めたらどうだ?」
「……くっ!」

 大人二人が何を言っているのか、麒麟には見当もつかなかった。『あれ』とは一体何のことだろうか? 会話の流れで大方の察しはつくのだが、根拠がない。青梅は満足そうに麒麟を見ると、鼻を鳴らしてせせら笑う。

「もう二度と目にかかる事もないだろう、朱の亡霊よ」

 青梅は翆玉に共に行くぞと合図を出したのだが、そこへ兵が駆け寄ってくる。変わらない、原始的な剣を持ちながら。

「大変です! 属領国である紅薄京の連中が攻めてきました!」
「なんだと!?」
「そんな馬鹿な!? あの國は既に再起不能なはずだ! 徹底的に潰したのだから!」

 ここで麒麟はスフィアが言っていた事を思い出した。『強くあらねば守れない』。この時代では力こそが正義なのだ。……だがやはり、理解はできても納得はできない。もっと平和的に解りあう方法を探す方がずっといいはずだ。自分より年上の頭の良いはずの彼らは、なぜそのことに気づかないのだろうか?

「この少年のことは放っておけ。どうせすぐに殺されて終わりだ」
「しかし、スフィアの――」
「現在帝国の全権を預かっているのはこの私だ。反逆罪で貴様も牢に入りたいのか?」
「だが!」
「いい加減にしろ! 前時代の遺産が!」

 兵に宥められ、やっと青梅は落ち着きを取り戻したようだった。それほどまでにこの男は血気盛んらしい。それがいい事なのか悪いことなのかは一目瞭然だ。
 翆玉は「すまない」と口に出しそうになるのを必死でこらえているようだった。だから麒麟も口パクで返す。「大丈夫です」と。いくら幼いと言われようとも、自分は男子だ。女子のように泣くわけにはいかない。


 それからすぐにこの時代における『戦』とやらが始まったらしい。それなりに堅牢な造りに入るこの牢獄にも叫び声や悲鳴があちこちから聞こえる。麒麟はそれを妙に感慨深く見つめていた。なぜか、根拠は全くないのに、自分は大丈夫なのだと思えた。……本当に、不思議な事に。
 そしてこの牢獄にも火が放たれたということを視覚的に知った。壁には苔が生えているため、燃える物質には困らないのだろう。一度上がった炎は全く鎮火の気配を見せず、むしろ増すばかり。しかし、麒麟には『恐怖』の実感がない。火や熱にはなぜかは知らないのだが耐性があった。だからこそ、この外では悲鳴が飛び交うこの状況でもらしくもなく冷静でいられるのだと思う。

 ――本当に、昔から戦争はあったんだね。

 そんな事をぼんやり考え込んでいる時だった。急に冷たい風、ではなく水がかけられた。下手に熱耐性がある分、逆に寒さや冷たさには苦手だったのだ。水をかけた相手の方を見る。それは紅い服を纏っていたし、どう見ても碧玉京のモノよりも簡素な身なりで、武器とは呼べないような剣を構えていた。
 そんな彼はぼそりと言った。

「……まさか、君は……」

 彼は何事かを必死になって悩んでいるようであった。何をそれほど驚くのかと麒麟は大げさに思ったのだが、彼には驚くだけの十分な理由があった。

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2015年 7月21日 莊野りず
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