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  十四章  

 ――一体、僕が何をしたんだろう?

 城から離れているらしい粗末な牢獄の中で、麒麟はこれまでのことを思い返す。スフィアが儀式を行う最中に兵によって連れ出された。確か、『赤』と言っていたが、それがなんなのだろうか? スフィアだって青い髪なのだし、赤い髪がそんなに不自然なのだろうか?
   麒麟が連れてこられたのは、今この場、つまり捕われている牢獄だった。その時はまだ、この時代がどれだけ危険なのかをほんの少ししか知らなかったし、平和な平成の世に生きる少年には戦乱の世など想像もつかない。父から聞いていたのは、あくまでもロマンあふれる考古学としての話のみだった。……それゆえに、素直に牢獄の中に入ってしまった、全く警戒せずに。

『これでいいの?』
『あぁ。……そうして死ぬまでそこにいろ』
『……え?』

 ……その時になってやっと、幼い少年は嵌められたのだと解ったのだった。平和な世に生き、平和な一般家庭で育った彼には、人間の持つ根本的な『悪意』というものを想像すらしたことがなかったのだ。


 それからずっと、この牢獄にいる。

「……スフィー」

 彼女は無事なのだろうか? 確かにスフィアは強いひとだ。だって男子の麒麟でも逃げたくなる不良のお兄さん二人を簡単に締め上げていたし、意志も強い。予備知識と呼ばれるものがなくても、学校での成績も上々。……しかし、彼女はそれゆえに『弱くもある』のではないだろうか? たまに見せる『朱』という人物の名を呟くときに見せる、あの寂しげで哀しみに満ちた表情を、麒麟は密かに見ていた。確か『義弟』だと聞いた。つまり、血の繋がりは半分だとか。それでも『弟』だと言い、どう考えても行きすぎた愛情を注いでいた、ように思える。

「朱って、どんな人だったんだろう?」

 歳は自分と近いはずだ。この赤い髪も同じだという。そしてここに来ても誰もが言い出した、『似ている』と。なぜこの時代の人間に現代人である自分が似ているのだろう? 『他人の空似』というヤツだろうか? 
 そんな事を考えていると、狭い牢獄に足音が聞こえる。牢獄といってもただの硬い石でできた格子で、いざと鳴ったらなんとかできそうな気がする、心もとない牢獄。その土が露出した場所に、見覚えのある顔が見える。

「……あなたは」

 入ってきた男は、相変わらずの粗末な身なりだ。庶民よりも遥かに質素で素朴。そんな印象を与えるが、体格は成人男性らしい。彼は心底すまなそうに首を垂れる。

「君をこんな目に遭わせるつもりはなかったんだ。……それだけは信じてくれるか?」

 麒麟は無言で頷いた。この人がこんな弱々しい表情をしているところなど、とてもではないが一般人には見せられないだろう。翆玉は事の詳細を話してくれた。……なんでも、スフィアを誑かし、この碧玉京を乗っ取ろうと企む不逞の輩で、兄として彼女を放っては置けない。そう、あの青梅が現皇帝に告げ口をしたらしい。どこかでそのような男の話を読んだ事があるような気がした。実力はないに等しいのに、悪知恵というものだけは人一倍優れている人物のことを。
 
「……本当にすまない。あの兄妹は昔から仲が悪かったんだ。性格も能力も、まるで逆だろう? 妹であるスフィアが自分よりも遥かに優れているのが気に食わないのだ、彼は」
「実のお兄さんなのに?」
「この碧玉京は、血塗られた歴史でできているようなものだよ。きょうだいの骨肉の争いなど日常茶飯事だ。……スフィアは私にとっては『妹』のような存在だ。愛らしくてたまらない。あれがどんな駄々をこねようとも、どんなに無理難題を言おうとも、彼女が望むのならばいくらでもしてやりたい。……非常に残念な事にそんな事は一度もなかったのだがね」
「……」

 ――やっぱりこの人、シスコンじゃないの?

 碧玉京の事情は大体察せたモノの、人の心というものは本当に解らない。そんな事を考えていると、木靴の独特の足音を立てながら、もう一人の男が現れた。この状況でここに来る人物の心当たりはスフィアかあの人しかいない。スフィアはどうやら平成の世に再びタイムトラベルしてしまったらしいと密かに隠し持つ勾玉の反応で察していた。

「お前が朱に似ているのがすべての元凶なのだ!」

 男――女のように小奇麗に着飾った細身の青梅がそう怒鳴りつけてきた。

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2015年 7月20日 莊野りず
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