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  十一章  

 この場に現れた、綺麗な人が、スフィアの『兄』だと知った衝撃は大きかった。どう見ても『彼女』と呼ばれるような、ひらひらした絹だと思われる高価そうな服に、髪は現代でも通じるように凝った結い方をし、その髪には多分黄金でできているであろう簪を何本も刺している。身体も細く、お姉さんだと知っているスフィアよりも女の人らしい。強烈な匂いも、香水のモノだろうが、彼女、いや彼が纏っていると思うと嫌悪感が半端ではない。しばらくするとその体臭は男の人のモノだとすぐに解る。
 彼――青梅はそんな男の人だった。

「愚昧とはいえ、お前がいない事で摂政閣下は大慌てだったのだぞ? その責任はどうするのだ?」
「……久方ぶりの市井の生活ぶりを目にしました。ゆえに、『儀式』の許可を頂きたいのです、摂政閣下」
「ううむ……。だが、その様子のお前には荷が重いのではないか?」

 さんにんの『きょうだい』は思っていることを口走る。スフィアは一切青梅という実兄の方を見なかった。最初から相手にしないつもりらしい。スフィアの言った『儀式』とやらの見当は皆目つかないが、真剣に妹を心配する眼での翆玉の言葉は本気で迷っているように見える。何にしても、おかしなきょうだいだと麒麟は思う。

「飢饉の兆しは以前からあったはず。この城の食事の事情からもそれは明らかです。現皇帝すら満足するような食事ではないようでしたし」
「……そこまで見抜いていたとは。やはり『父娘』というものの絆か?」
「あんな男など『皇帝』の器ではないと思いますが、現在の拠り所には適任でしょう。それに、摂政閣下が倒れたら一体誰がこの帝国を守るのです?」
「これは痛いところをついてくる。……やはり次代皇帝はお前が最有力だ」
「待て。この愚昧のどこが……!? もっとも皇帝に相応しいのは第一皇位継承権を持つこの私だ!」

 事情がややこしくてわからないけれど、『皇位継承権』というものが大事だという事と、『摂政』は翆玉というお兄さんだという事だけは理解できた麒麟だったが、つい先ほどこの国に来た彼でさえも、青梅というスフィアの兄は皇帝の器とやれではないと思った。なのに、その『皇位継承権』とやらが一番というのが不思議だった。

「それで、許可はいただけるのでしょうか? 貴方とて、いたずらに皇帝臣民が苦しむのは見たくもないでしょう?」
「お前が倒れてしまったら、その方がこの帝国にとっての大損失だ」
「私は既に命を捧げる覚悟はできています。この国のためであれば、私は自分から、どんな目にも遭いましょう。それが皇位継承者のさだめ。悲観もしていないし、むしろ光栄の極み」
「……そこまで言い切るところが逆に惜しいと思う。やはり頼むしかないだろうか、『儀式』を」

 するとスフィアは目を輝かせ、『兄』を見上げる。そこに見えるのは純粋な好意と尊敬だった。翆玉の言っている事からして、簡単なものではないだろうに、どうして喜べるのかが不思議だった。そしてなぜ彼女があれだけ偉そうな事を言うのかが理解できた。自分を常に戒め、努力をしているから。だからこその自信だったのだ。

「それでは次に太陽が昇る日でよいか? 伝統通りに現皇帝も出席せねばならぬことだ。その頃ならば体調も幾分かはよくなっているだろう」
「はい。私もそれまでに準備を整えておきますゆえ。それでは失礼致します」

 そう言ってスフィアは麒麟を連れ立って、狭い廊下を歩く。時々奴隷たちが頭を下げるが、スフィアは一々相手にしない。それが当然のように通り過ぎていく。それが、麒麟には理解はできていても悲しかった。

 ――スフィーはもっと優しいはずなのに。

「着いたぞ。ここが私の部屋だ」
「えっ?」

 スフィアが自分の部屋だと言った場所は、どう見ても城の内部だとは思えない部屋だった。確かに庶民の家よりは豪華だが、他の部屋に比べて格段に狭く、見知らぬ植物がぼうぼうと生えている。木製の板で作られた書物が山積みになり、テーブルらしきものは比較的形の整った岩だ。他には何もない。

「……それでは私は儀式に備えて眠るが……食事が足りなければ奴隷を呼べ。そして必ず毒見させろ。いいか、絶対にこれだけは忘れるなよ? それから、部屋から外へは一歩も出るな。他に質問は?」
「……布団は?」 
「『蒲団』? あの柔らかいモノか。ない。床で寝ろ」
「……」

 それ以上何も言えなくなった麒麟は暇潰しに彼女の部屋の本を開いてみるのだが、文字すら読めず、途中でリタイアだ。夕食も食べていないので、彼女の言う通りにして、やはり不味い食事で腹を満たし、眠りについた。食事が不味かろうとも疲れた身体は睡眠を欲していたらしく、すぐに眠れた。

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2015年 7月10日 莊野りず
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