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  七章  

 そうしてスフィアが高校に通うようになってから半月が過ぎた。彼女は常に真剣な眼差しで、何事にも真面目に取り組んだ。中間テストというものを生まれて初めて受けた麒麟とスフィアは、互いの点数に驚いていた。

「……なぜお前はそんな点数が取れる?」
「いや、僕の方こそ訊きたいよ……」

 ちゃんと小学校では勉強してきたつもりの麒麟が中一の一学期というごく簡単な範囲のテストで六十五点、逆にこの時代の事など知らないはずのスフィアが九十五点。……これは一体どうしたわけだろうか。

「……もしかしてスフィーって、天才なの?」
「『テンサイ』? 人聞きの悪い事を言うな!」
「え? 僕はほめてるんだけど?」
「どこが褒めているんだ? それどころか完璧に理解したつもりだったのに百点すら取れないとは……。やはり勉学は厳しい道だ」

 麒麟の言ったのは『天才』という褒め言葉なのに、スフィアは『天災』と取った。だからこそ彼女は若干苛立ったわけだが、そんな事など当人たちは知らない。スフィアは主要五教科ですべて九十点台を取っていた。家では麒麟の父である智が彼女の話を聴きたがるので、家での予習復習の時間などなかった。それなのにこの点数、しかも十分な点を取りながらも悔しげにするスフィアの考えが、麒麟には全く解らない。

「それだけいい点数が取れるならいいじゃない? 別に満点じゃないからって……」
「いや駄目だ。このくらい完璧にこなせねば、誰もついてくるわけがない!」
「……ついてくる?」

 それで麒麟には以前彼女が言っていた言葉を思い出した。

「『ヘキギョクキョウ』をおさめる? のはスフィアなんでしょ? それってどういう意味なの?」
「どう、とは?」
「だから、スフィアが王様になるの? それとも聖徳太子みたいに、政治? だけをやるの?」

 スフィアはあっという間に現代の常識を身につけていたため、この問いにはすぐに答えられた。

「王という帝国の象徴であり、実権を持つ者だ。文字通り私が治める。皇帝は代々その実子にのみ皇位継承権が与えられ、その代の皇帝によって次代の、つまり次の皇帝が決まる」
「……うん、やっぱり僕にはむずかしいよ。でも、普通は『皇帝』なら男の人で、スフィーなら女の人だし『女帝』って呼ぶんじゃないの?」

 この麒麟の言い分に、スフィアは嬉しそうに目を細めた。そして黙って頭を撫でる。とても優しい手つきで。それが、麒麟にはくすぐったい。

「いきなりなにするの?」
「……いや、なんでもない。確かにお前の疑問も尤もだな。我が碧玉京は、常に戦火の真っただ中に置かれていたと言っても過言ではない。『強さ』こそが絶対正義、その次に強力な武器が『知恵』だ。だからこそ、人々は尊敬と畏怖の念を持って『皇帝』と呼ぶのだ。女という字が入っていてはいかにも弱そうではないか?」
「うん、やっぱりわかんない。スフィーの言ってることは難しいよ!」
「それはお前の努力不足だ! ……朱ならばすぐに理解したのにな」
「……」
「……」

 ――『朱』って、どんなひとだったんだろう?

 そんな疑問を麒麟が抱いた時だった。突然二人の胸元――勾玉をぶら下げているあたり、が光りはじめた。それはまるで科学の図巻で読んだ太陽の周辺の写真を思い出させた。

「なに?」
「これは……この光りは、あの時の!」

 スフィアが制服の胸元から勾玉を取り出す。蒼い光が部屋一面に広がる。反射的に麒麟も同じことをしていた。部屋中に広がる、紅と蒼の光。それは容易くふたりを包み込んでゆく。


「私の手を離すなよ、絶対に」

 スフィアが麒麟の手をきつく握りしめた。


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2015年 6月4日 莊野りず
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