Blue
三章
――どうやら、ここは碧玉京とは違うらしい。
私はその事だけは確かだと思った。目につくもの全てが、見た事もなければ聞いた事もないモノばかりだった。満足はできていないが、それなりに努めている私ならば一つや二つは知っているモノがあるはずだ。そう考えたのだが、甘かったのだろうか?
ただ、色合いは違えども同じ『青』、空だけは同じだった。碧玉京の澄んだ色とはまるで違う色だったのだが、空が存在する事は私を落ち着かせてくれた。狼藉を働かれてはいないかと身なりを検めたのだが、どこもおかしなところも身体の違和感もなかった。
――よかった。
とりあえず責務を全うする事は可能のようだ。そして、確かに私と同じ種類の生き物『ヒト』なのだろうが、私の知る者たちとは遥かに違う。身なりも違えば、顔の形も違う。皆一様に不健康だ。その者たちが一斉に奇異の目で見てくるが、それほど私は有名人だったのか? 『イノリ』としての名は知られているが、『スフィア』としてはそこまで知られているわけではないはずだが。
――一体どうなっているのだ?
思わず、朱の形見である勾玉を握りしめていた。碧玉で作られたモノだが、今となっては何よりも大事な私の宝。そこでいかにも骨のなさそうな、下品で見るに堪えない身なりの二人組が声をかけてきた。
「ねーちゃん、金くんねぇ?」
「その変なカッコ、コスプレ? まぁそんなことより、金だよ、かぁね!」
――何が言いたいのだ、この男どもは?
『金』とは金や銀だろう、それは言い方で察したが、この装束の中にどんなものが入ると本気で考えているのか? だとしたら相当な暮らしに苦労するような身分なのだろう。ならば、十分な教育も受けられないのだろう。……碧玉京ももっと学ぶ場所を用意すべきだ。義兄上に進言しよう。
「……なんだぁ? そんなに俺らがこぇーの?」
「だったらどうすりゃいいのか、すぐわかるよねぁ、ねーちゃん!」
朱に姉と呼ばれる時はこの上ない悦びを感じたが、この男たちの呼び方は不快極まりない。第一、仮にも碧玉京第三皇位継承権を持つこの私に向かって、なんという口の利き方だ? ……やはり、我が国に足りないのは学ぶ環境だ。
そんな事を考えていると、いつの間にか手首を掴まれていた。そして二人がかりでかかってくるつもりらしい。全く、愚か者というモノはどこまで経っても救いようがない。憐れになって男たちを見つめると、なぜか喜んでいる。……何がおかしいのだろうか?
「このねーちゃん、二対一で俺らに勝てるとでも思ってんの? バカじゃね?」
「女が勝てるわけね―じゃん!」
そう、相も変わらずのわけの解らないことをぐだぐだと呟いたかと思うと、元から品の欠片もない顔面で不快な表情で笑う。……我ながら、たかが男の二人ごときに本気になるなど、自制心が足りない。しかし今は解らない事ばかりで混乱していたところだ。槍も弓も見当たらないことだし、こういう時には武術が一番の精神安定になる。
そういうわけで、身分も弁えない無礼者を鍛え直してやるつもりでいたのだが、子供の、少年の声が耳に届いた。そしてそちらを振り返った時、私は夢幻の中にでもいるのかと思った。
――朱。
あの時、我が母上を殺した後で殺された、我が最愛の義弟がそこにいた。
……泣いてしまいそうだった。もう二度と合うことが出来ない、私が誰よりも愛する者、私が一番に守るべき者、……私が誰よりも会いたかった者。名を言の葉にしてしまえば消えてしまいそうだったから、何も言えなかった、言わなかった。
その朱は、周りと同じ奇妙な衣をまとっている。
「『イジメ』は良くないですよ!」
なんということだ、朱までおかしなことを口走るようになったのか? それとも黄泉返りの過程で狂ってしまったのか? ……私のことすらも忘れてしまったというのか?!
しばらくの問答の末に、相手の少年が朱ではないと確信した。失望とはまさしくこの事だ。外見はどう見ても朱なのに、オドオドとしたところは全く違う、声の調子も軟弱過ぎる。私の朱ならば、迷わない、立ち止まらない。そんな朱だからこそ私も愛した。
その朱によく似た少年は、他の者と同じく妙な身なりをしている。相手が朱と同じ外見だからといって、私も油断した。思わず口走っていた。本当に、私としたことが。誰かに頼る、尋ねるなど情けない。自分の事は全て自身でやらねば意味がないのに。
「ここはどこだ?」
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2015年 月日 莊野りず
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