Blue
二章
あの後、つまりは見た事も聞いた事もない恰好の、これまた見た事も聞いた事もない青い髪に青い目の綺麗なお姉さんを連れて、僕は自分の家に帰ってきた。お姉さんがあまりにも周りをキョロキョロと見渡すものだから、なぜか僕の方が恥ずかしかった。
さっき大きな男の人にカツアゲされていた時はもう少し薄い青だと思っていた髪の色は、今はやけに濃い青に変わっている。もしかしてマジシャンとか? そんな事を考えてみるけど、マジシャンだってこんな変……って言ったら失礼なのかな?
でも僕から見れば変な格好だとしか思えないから、変っていう。
「……それで、もう一度訊くぞ? ここはどこだ?」
「どこだって、さっきも言ったよ。日本の東京。お姉さんは僕よりも年上なんだし、そのくらいは『ジョーシキ』でしょ?」
「何度でも訊く。その『ニホンのトウキョウ』とやらはどこだ?」
「……」
さっきからこの繰り返し。もう何度目だろう、このやり取り。東京は東京なのに、このお姉さんは……何なんだろう? 外国人、だよね? でもこんなに綺麗な青い髪の人なんているの? 染めてるのかな?
そんな事を考えていると、お姉さんは機嫌が悪そうに、僕が出したコーヒー牛乳をじっと見た。なに? 何か気に入らないの?
「……これは何だ? 見たところ液体だ、飲み物か?」
「お姉さんって、コーヒ牛乳も知らないの?」
「なんだその、こーひーなんとかは?」
真顔だし、とぼけてるわけじゃなさそうだ。困ったことになったけど、なんだか面白い予感がする。中学生になっても、やっぱり僕はこういう『未知との遭遇』的な事に弱い。多分お父さんの影響だけど。
「ええっと、コーヒーを牛乳で……」
ここでお姉さんは部屋のミニテーブルを強く叩いた。痛そうな音がしたのに、彼女は平然と、でもどこかイライラしてるように見える。
「だから、そのこーひーとやらは何なんだ! それとなんだ、この汚い色は! こんな泥水など飲めるか無礼者!」
「どっ、泥水? これは美味しいんだよ? 飲んでみてよ、お姉ちゃん!」
「っ!」
あ、しまった。『お姉さん』って呼ぶべきところを『お姉ちゃん』と間違えた! ……お母さんが自分の事を『お姉ちゃん』って呼んでってうるさいから、つい癖で……。引いただろうな……。
「……」
でも、お姉さんはどこか悲しそうに僕を見た。これまでの気の強そうな目つきじゃなく、何か大事なモノを見るような目で僕を見る。
「……お前の名はなんという?」
「えっ? ……寄生木、麒麟」
「『ヤドリギ』『キリン』とは、『ヤドリギ』は他の樹木に寄生する樹木で、『キリン』は聖人の前に現れるという生き物、で正解か?」
「えっと……わからない、です」
「それほど大層な名を持ちながら、意味も知らんのか? 愚か者が! ……せっかくの髪が台無しだな!」
「えっ、髪?」
この言い方は、少なくとも嫌われてるわけじゃないよね? 初めてだ。僕の髪を、嫌わなかった人は。お父さんに似たんだと思うこの髪は、今まで染めてると決めつけられて誰にも信じてもらえなかった。それなのに……。
「……なっ、泣くな! 男だろう! お前にそんな顔をさせたかったわけではない! 決して!」
「……?」
思わず目が熱くなった僕に対して、急にこのお姉さんはうろたえた。一体なぜ? 本当に、このお姉さんは何者なんだろう? 少なくとも『悪いひと』ではないと思う。僕が詰襟の袖で目元を擦っていると、お姉さんは何か懐かしいものでも見るかのように僕を見た。……本当に、何なんだろう?
「……お前が朱に……弟に似ているから、懐かしくなって、な」
「……おとうと?」
確かにこのお姉さんはいかにも頼りがいがありそうだし、本当に大人の男の人をあっさりやっつけてたし、実際に強いんだろうな。この人に弟がいるのも納得できる。でも、なんでいちいち懐かしそうな顔をするんだろう?
……そこまで考えて、去年亡くなったお爺ちゃんのお葬式の事を思い出した。あの時のお母さんの顔と似てるんだ。
「もしかして、お姉さんの弟って、もういないんですか?」
するとお姉さんは悲しそうに、本当につらそうに、ただ無言で頷いた。その仕草だけで、どれだけその弟が大事だったのかが何となくだけどわかった。
「弟は腹違いだが、腹違いの姉である私に懐いた。素直で利発で勇敢で……顔だけはお前にそっくりだった」
「……『ハラチガイ』? 顔だけは?」
「性格は大違いだ。朱はお前のように臆病ではない」
ぴしゃりと言われてしまった。今までのいい気分が台無しだ。せっかくこの髪を嫌いではないらしいとわかって嬉しかったのに。……そういえば、大事なことを訊いてなかった。
「お姉さんの名前はなんていうんですか?」
「スフィア、もしくはイノリだ。どちらでもいい」
「えっ? それはどういう意味ですか?」
『スフィア』さんか、『イノリ』さんは答えない。じゃあ仕返しとして可愛く呼んであげよう。お母さんで知ったけど女の人は若く見られればみられるほど喜ぶみたいだし。
「……じゃあ、スフィー?」
「……誰が略せと言った? だが、朱と同じ顔でそう呼ばれるのも悪くない」
ほら、やっぱり女の人は可愛く呼ばれるのが好きなんだ。そしてスフィーはほんの少し考えた後で、こう言った。
「どうやら私は碧玉京とは違う場所にいるらしいな。『ニホン』も『トウキョウ』も、見た事もなければ聞いた事もない。もちろん書物にも載ってはいなかった」
「……『ヘキギョクキョウ』?」
彼女――スフィーは頷いた。
「私が将来治める国の名だ」
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2015年 6月23日 莊野りず
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