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一章
中学生になってから、誕生日が来て十三歳になってからもう一ヶ月が過ぎた。学校――区内第三中学校からのいつもの帰り道は、今日は友達が休みなため一人で下校だ。
――僕だって男の子なんだし、一人でも十分大丈夫。
少年はそんな事を考えながら、彼的には早足で歩くが、あまり速度は上がらない。そんな新中学生を、待ちゆく人々は微笑ましい目で見ていた。
「あの子、変わってるわね」
「ホントに日本人? もしかしてどっかの国の子とか?」
――それを言わないでよ、気にしてるんだから。
その新中学生の少年――寄生木麒麟は、制服の茶褐色の詰襟に、まるで合わせるためにそのようになっていると錯覚するような、赤い髪の持ち主だった。小学生の頃は進級するたびに担任の先生にまで言われた。
『染めてるのなら早く直しなさい』
これは正真正銘地毛だ。父親も同じ色だし。母親は黒髪だけれども。何にしても寄生木少年にとってのコンプレックスは半端ではなかった。この髪が原因でよく解らない偏見や好奇の目に晒されてきた。
何度『染めてない!』と主張しても、誰一人としてそれを信じる者はいなかった。だから、もういい加減、誰かに解ってもらおうなんて甘い考えは捨てようと思っている。……どうせ、誰も信じてはくれないのだし。
そんな諦めが奇妙な巡りあわせを生んだのかは、よく解らないが、少年は『出会った』。何に? それは……。
「おいねーちゃん! 金出せ金!」
「さっきからわけの解んねーこと言ってんじゃねーよ!」
「……お前たちこそ、その気品の欠片もない理解不能な喋り方はやめろ。不快だ」
声の聞こえた場所は、通学路の途中の路地裏だった。声の高さから、男二人に毅然とした口調で言い返しているのは女の人だということは解った。しかし、こんな時は誰を頼ればいいんだろう? 少年はまず『誰を頼ろうか』と考えた。
ドラマや漫画などでよくある『金出せ』という言葉。これは所謂『カツアゲ』だろう。ならば、まだ幼い、声も高い自分に出来る事など何もない。見知らぬ『女の人』には悪いけれど、こわいのもいたいのもご免だ。
しかし予想に反して聞こえてきたのはその女の人の悲鳴や呻き声などではなかった。むしろ……。
「いででででで……離せよ!」
「なんだこの女! 強ぇぇ!」
この声は男のもので間違いがない。少年は今度は『どうするべきか』を考えた。
――女の人も心配だし、なによりこれは……。
この年頃の少年にありがちな好奇心には敵わなかった。恐る恐る近づいていくと、男の声は悲鳴へと変わり、更に呻き声へと変わる。その事である可能性についての確信と本当なのかという疑惑が広がる。
――まさか、女の人が……。
そんなことをを考えながらも今度は怖々と汚れたビルの間からその『現場』を覗き込んだ寄生木少年が見た者は、見た事も聞いた事もない恰好――これはただ単に習っていないから知らないだけなのかもしれないが――の、自分とは違う色調――淡い青の髪の色をした綺麗な『お姉さん』が素手で大の男二人を同時に締め上げているところだった。
――すごい。
ただ純粋にそう思った。中学校でも、男子は女子には手を上げない。その理由など言うまでもなく誰もが理解している。『女子は男子より遥かにか弱いから』だ。……そんな当たり前の事などは、目の前の綺麗で強いお姉さんには当てはまらないらしい。
言葉も出なくてただその図を見つめていたのだが、段々男たちを締め上げる手にも容赦がなくなってきた辺りで止めるべきだと気が付いた。
「あの、お姉さん!」
そう呼びかけた相手――女の人はゆっくりと寄生木少年の方を振り返る。
――瞳の色も『あお』いんだ……。
自分よりも、遥かに年上であろう彼女は無表情だったが、なぜか彼のその声に少しだけ寂しそうな顔をした――ように見えた。しかしそれも、ただの錯覚だったのかもしれない。彼女は一度だけこちらを見ただけで、再び男たちを、今度は『痛めつけに』かかる。
「イジメは良くないですよ!」
ピントのズレた言い分だったが、目の前の彼女は心底疑問のように訊いた。
「『イジメ』……? なんだそれは?」
「……え?」
「状況から察するに、『正当防衛』の同義語か? それとも『やり過ぎ』だとでも言いたいのか? 『イジメ』とはどう書くのだ?」
そう一人で考え込む『お姉さん』は、考え事に夢中なのか、あっさり男たちを解放した。彼らは「ちくしょう」、「覚えてろ!」と雑魚丸出しの捨て台詞を捨てて去った。残されたのは寄生木少年と『正体不明のお姉さん』のみ。
――この人は、難しそうな言葉を言ってるし、とぼけてはいないんだよね?
本気で『イジメ』という単語を知らないらしい。仕舞には、「私も物知らずだった」となぜか恥ずかしそうに顔を伏せる。そこが全く理解不能だ。……ますます興味深い。
そして、思い出したかのように『正体不明のお姉さん』は寄生木少年に尋ねた。
「ここはどこだ?」
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2015年 6月20日 莊野りず
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