666文字百物語
27、わすれなぐさとわたし
わすれなぐさの花言葉、貴女はご存知かしら? 「わたしを忘れないで」、そうよ、その通り。女学生なら当然知っているわよね。お別れの時、卒業式などには、お姉さまに渡すの。忘れて欲しくないから、ずっと相手の心に残っていたいから、ずっと忘れないでほしいから。その気持ち、とてもよくわかるわ。わたしもそうだもの。
わたしはおとうさまの仕事の都合で引っ越すことになりましたの。それはもう嫌だと主張したのですよ? それでも仕事がなければ生活が成り立たない。だからわたしは仕方がなしに了承したのです。
学校でわたしが転校することが明らかになると、親しかった友人や後輩、先輩までもがこぞってわすれなぐさを贈ってきたの。それだけわたしのことが好きだったのね、わたしはそれだけ好かれていたのねって、とても嬉しく思ったの。今までも転校生はいなかったわけではなかったけれど、わたしほどわすれなぐさの花束をもらった人は知らないわ。えぇ、それだけわたしは人気者だったのね。
「わたしは貴女たちのこと、忘れないわ!」
わたしもまた、わすれてほしくないから、ひとりひとりにわすれなぐさを一本づつ手渡したの。みんなとわたしは同じ気持ちだと知って欲しくて。
そうしてわたしたち一家は越していったのです。
「○○さん、自分のしたことを忘れないでしょうね」
「あれだけ意地悪な方、わたくし存じ上げませんわ」
「そうよね。あれだけ周囲を困らせておいて、都合よく忘れるなんて許せないわ」
忘れて欲しくない。それはなにもいいことばかりではないのだ。
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