666文字百物語
22、ろうそく
ろうそくはいらんかね? 細いのはもちろん、太いのだって高いけど売ってるよ! ……え? ろうそくなら間に合ってるって? そんなこといいなさんなって。このろうそくは特別製でね、人の寿命を操れるって代物なのさ。なに? うさんくさい? じゃあ一本あげるから、自分の目で確かめてみるんだねぇ。実物を見たら信じるしかないだろ?
「てなわけで、ろうそくを貰ってきたんだが」
俺は時代が買った喋り方をする怪しい親父からもらったろうそくを妻に見せた。途端、彼女は機嫌が悪くなった。
「またそんな馬鹿馬鹿しい……」
妻は皿洗いをしている最中で、水音がリビングに聞こえてくる。最近の妻は俺に対して冷たい。よそに女を作っているのがバレたのか?
「そんなものよりも、あの子におもちゃのひとつでも買ってあげてよね。本当に気が利かないんだから」
最初こそ、この女しかいないと思って結婚した妻だが、もう何年も経つと、まるで母親のように口うるさい。あのろうそくが本物かどうか、妻で試してみよう。
俺はろうそくに妻の名を刻み、火を点けた。細くて短いろうそくはゆっくりと、だが確実に減っていく。
「うっ!」
ろうそくが芯だけになると、妻が呻いた。彼女は娘を抱いて、絵本を読んでいる最中だった。それが今、娘の方に身体を傾けている。
「おい、おいったら!」
俺は声をかけるものの、妻の返答はない。大人しい娘は何が起こったのかわからないらしい。……脈がない。俺は思わずガッツポーズをしそうになった。これで妻にうるさいことを言われることなく、女に会える。
あのろうそく売りは、こうなることを見越していたのか? それは俺にはわからないが、都合がいいことは確かだ。
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