666文字百物語
21、マリーアントワネットのお気に入りの画家
しっかりとモデルを見る。彼女の機嫌を損ねないよう、必死で相手の好きそうな話題を振る。
流行のファッション、話題の芝居、評判のお菓子――。彼女はそういったものにばかり興味を持つ。贅沢が好きな女性なのだ。それに彼女には使い切れないほどの金がある。貧民がパンのひとつもろくに買えないような現状などどうでもいいのだ、きっと。
「少し、口角を上げてみていただけませんか?」
「なぜ?」
彼女が特に不満そうでもなく言う。純粋に疑問なのだろう。
「その方が、貴女の美しさが際立ちますから。後の世に残る肖像画ですし……」
「あら、そういうものなの? じゃあ、こうかしら?」
「結構です。さらに美しくなられましたね」
わたしは握った筆をキャンバスに走らせる。この絵の具も、パトロンが多くいるから買えるのだ。この国でここまでのし上がった女の画家などきっとわたしだけだ。そのプライドだけがわたしの原動力。おかげで王妃という絶好のパトロンまで得たのだ。
仕上がった絵を、彼女に見せる。相手は満足げに微笑んだ。
「やはり評判は確かね。久しぶりに楽しい時間を過ごせたわ。潰された顔も、ちゃんと生前のようになっているわ。素晴らしい」
この女性は、ある事件に巻き込まれ、殺された。美貌で評判だった女性にはあまりにもむごい殺され方で。だから生前の金でわたしを雇ったのだ。
「さすが王妃様お気に入りの画家ね!」
「恐れ入ります」
たまにはこんな依頼もいいだろう。デッサンが狂っていても、虚ろにしか見えない瞳には十分に美化されるだろうから。
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