666文字百物語

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  19、閉鎖天国   

「何? あなた、今日から入院? どうしたの?」
 そう、あたしは今日から入院だ。身体の調子がおかしいんだ。でも、悪いのは頭、心だ。ここ数年、ずっとベッドが空くのを待ち望んでいた。こればかりは入院しないと治らないから。
「……アルコール中毒と不眠症です。眠れないんで、つい飲みすぎちゃって」
「あーわかるわかる! 俺もそうだったよ」
 自由に過ごせる部屋で将棋を指していたおじいさんが頷く。この人もそうだと思ってた。お腹が不自然に膨れてるのは、肝臓がいかれた証拠だ。他の人が声をかけてくれる。
「若い人は不眠が多いらしいからねぇ。ここならゆっくり眠れるよ。ずっとコーヒー飲んでてもぐっすりだから」
「それに他の病院と違って、娯楽も多いから退屈しないよ。スポーツ時用品もあるし、アロマセラピーとかも、カラオケもあるし。参加は自由だし」
 普通の病院とは大違いだ。しかも閉鎖病棟だというのに、堂々と煙草を吸える。喫煙室があるから。
「不謹慎なことだけどさ、たまーに重症の謎の叫び声とか聞こえてきてね。シンナーやったんだって!」
「他にもいろんな職業の人もいるから、専門の話も聞けるし。俺なんかここが心地よくてさ、金が入ったら入院してるよ」
 だからベッドがなかなか空かなかったのか。病院だというのに、みんなパジャマじゃなくて私服に着替えてるし。普通に友達みたい。ここなら馴染めそう。
 それから、ホントに色々な娯楽があって、夜もぐっすり眠れて、あたしは満足だ。ここは天国だ。退院が決まった時には泣きそうになってしまった。ずっとここにいたい。……そうだ、もっと重症になれば、ここにいられるんじゃないの?


「あの子ったら、すっかり閉鎖病棟が気に入っちゃって。もう十年もよ?」
「俺たちがボケるのも時間の問題なのにな。退院したら浦島太郎だろうよ」
 彼女の両親は、本人の幸せと反比例して、げっそりと痩せ細っていた。すべては娘のアル中を治すためだと自分に言い聞かせながら。
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