666文字百物語

モドル | ススム | モクジ

  15、六条の御息所異聞  

 あぁ、あのひとはわたしをこんなにも惑わせる。それなのに他の若い女のところにばかり。……愛しや、憎しや、怨めしや。
 そんなわたしの想いが天に通じたのか、わたしは身体から抜け出すすべを見出した。どんな方法なのかもわからないし、自分がどんな状態なのかもだいたいわかっているつもり。そう、わたしは生霊になったのだわ。……でもね、わたしにこんなことをさせる貴方が悪いのよ? だからわたし、徹底的にやってやったわ。子を宿した貴方の正妻をこの手で殺した時はとても清々しい気分だったの。きっと貴方にはわからないわね、女の執念が生み出す嫉妬なんて。

「葵! 葵! しっかりするんだ!」

 あぁ、見える。貴方が取り乱しているところが、よぅく、ね? これで貴方はわたしの元に来てくれる、わたしだけを見てくれる。……そう思っていたのに。
「……今のは、夢?」
 もうひとりのわたしが目覚めてしまった。彼女はきっと、わたしがしたことを知っているのだろう。それでもいいのよ。わたしは、わたしともうひとりのわたしのためにあの女を呪い殺したんだもの。今更、後悔なんてしないわ。わたしはこのまま、悔いのないままで生きていくの。それがもうひとりの幸せでもあると信じているから。


「葵! 葵っつ!」
 
 やけに月が綺麗な夜の気がするけれど、ひょっとしたら灯りと勘違いしたのかもしれないわね。まぁ、わたしにはどちらでもいいことだけれど。ただ、もうひとりのわたしは、同じ肉体を持つわたしがしたことの罪深さに、深々と涙を流していたわ。そんなに気にすることかしら? ねぇ?
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